« 2013年7月 | トップページ | 2016年1月 »

2013年8月

2013年8月 2日 (金)

186 同情する心が先?

最近、通勤する途中の車の中で、興味深いラジオのニュースを聞いた。生後10か月の赤ちゃんにも同情する心があることが実験で分かった、というニュースである。

生後10ヶ月の赤ちゃんって、君たちはイメージできるだろうか。まだ立って歩くことはできないが、「ハイハイ」で部屋中を動き回り、ひょっとしたら「つかまり立ち」もできるかもしれない。もう少しすれば「赤ちゃん」から「幼児」と呼ばれるようになるころだ。

さて、その生後10か月の赤ちゃんにどんな実験をしたのだろうか。京都新聞の記事を以下に引用する。京都新聞のこの記事のサイトはこちらです。写真もあります。

生後10カ月の赤ちゃんも、攻撃を受けている犠牲者に同情する行動を取ることが、京都大などの研究グループの実験で分かった。人は生まれつき「善」である可能性を示唆する結果といい、米科学誌プロス・ワンで13日発表した。

グループは、教育学研究科の鹿子木康弘助教、文学研究科の板倉昭二教授、大学院生の奥村優子さんら。

乳児に球体や立方体などが動くアニメーションを見せた後、同じ形のおもちゃを見せ、どちらに関心を寄せるかを調べた。

他の物体を追いかけてこづいたり、押しつぶそうとする攻撃行為があると、乳児20人中の16人が攻撃者から逃げる「犠牲者」と同じ形のおもちゃをつかんだ。攻撃行為がないアニメだと、選ぶ物体に差はなかった。

子どもは1歳半になって言葉を話せるようになると、言葉や表情などで同情的な態度を示すことが分かっている。成人に今回と同じ実験をすると、「強いから」と同情とは別の理由で攻撃者を選択する人が多かった。

鹿子木助教は「人間の生まれ持った本質は、苦境にある他者に同情的態度をとる『善』である可能性が高い。文化や社会的な経験で、原初的な同情的態度から、より複雑な行動に変化すると考えられる」と話している。

私が車の中で聞いたニュースでは、次のことも伝えられた。ニホンザルの子どもたちは、傷ついたサルがいると、そのサルに近づいていこうとすることが確かめられているということだ。同情する感情は霊長類にとって本能というべきものかもしれないと、そのニュースは伝えていた。

僕たちには仲間を思いやる心、そして集団内での自分の位置づけや優劣を気にする心の、相反する二つの心をもっている。

いじめはもちろん、後者の心が生むものである。

今回紹介した実験結果は、仲間を思いやる心の方が根源的なものだ、ということを教えてくれているようで、ちょっとうれしい気持ちがする。

185 上原選手語る「嫌がらせをして喜ぶやつは、弱い人間だ」

ちょっと前に、上原選手のことを紹介した。(183 上原選手の背番号が19番である理由

上原選手はスポーツの盛んな高校に進学した。しかし、こんな悩みもあった。日本の部活動でよくある、上級生の下級生に対する「しごき」などである。

「しきたり」と称してしごきを加える運動部ならではの上下関係には辟易(へきえき)し、やり切れなさを感じたものだ。(※1)

あるときは、こんなこともあった。高校時代の上原選手が、練習が終わって片付けをしていたとき。数名の先輩が近寄ってきて、いきなり蹴りを入れられたのだ。

他にも、監督やコーチがいない時には、グランドを走らされたり、正座をさせられたり。

上原選手はこう語る。

憂さ晴らしなのかどうか知らないが、こういう嫌がらせをして喜んでいるような者は、本質的に弱い人間である。目的意識が低く、向上心も希薄。リーダーとして仲間を統率する力も持ち合わせていない。だから、チームを強くして行く戦力には、大抵の場合、なり得ないのだ。(※2)

この言葉、私たちも心に留めておきたいものだ。しかし、上原選手のいた高校はスポーツ名門校。理不尽なしごきをする先輩たちも、もともとは大きな志をもって、入学してきたのだろう。

そこでの過ごし方、気持ちの持ち方によっては、後輩をしごいて憂さ晴らしをするしかない存在になってしまうのだ。気をつけたいものだ。

----------------------------------

(※1)『闘志力。』上原浩治・三省堂

(※2)同書

2013年8月 1日 (木)

184 夏休みの終わりがつらくならないために

ボクシングの元世界チャンピオンの辰吉丈一郎さんがこんなことをいっている。

「ボクにとってのトレーニングは、歯を磨くことと同じだ。大人でも子供でも、朝起きれば歯を磨くし、夜寝るときにも歯を磨く。それと同じこと、習慣である。」

多くの人は歯を磨くことは習慣になっているはずだ。歯を磨かないまま床に入ると、落ち着かない気分になる人がほとんどだろう。

辰吉選手にとってみればトレーニングをすることは、歯を磨くのと同じ、当たり前のことになっているのだ。

私の知人にも、ジョギングが習慣になっている人たちは、「走らないと落ち着かない」と口にする人が多い。

さて、何かを始めるとして、それが習慣になるのはどのくらいの期間が必要なのだろうか。「私は○○をするのが習慣になりました」と言えるのは、どのくらいの日数が必要なのだろうか。

ネットで調べてみても、いろいろな説がある。3か月、とか1年とか。短いもので3週間というのもある。ネットで「習慣 3週間」という検索ワードを入れると、かなりの数がヒットする。『3週間続ければ一生が変わる』という本もある。

私は「習慣化は3週間」説に賛成したい。毎年、いまごろの季節にそれを実感する。

今、夏休みになったばかりである。突然増えた自由時間に、なんとなく落ち着かない気分になっている人もいるのではないか。「今日は午後から何をしようか」なんて。(すみません、とても忙しい人もいると思います)。

しかし、夏休みが始まって3週間ぐらいになるとどうだろう。3週間後というとお盆前くらいか。

このころになると、自由な時間があるのが当然、ダラダラするの(私のことです)が習慣になってしまっている。これまでさんざん時間があったくせに、「せっかくの夏休み、もうちょっと楽しまないと」という気分になってしまうと同時に、「あ~あ、もう少しで新学期かあ・・・」という憂鬱な気分にもなってしまう。

ダラダラするのが習慣になってしまったのだ。ダラダラすると落ち着く。宿題や勉強をすることがひどくおっくうになってしまう。新学期のことを考えるのなんて苦痛でしかない。

これを防ぐにはどうしたらいいか。何の答にもなっていないけど、ダラダラしないこと、欲を言えば、普段の生活、それ以上に忙しい生活をすること。(こんな内容のことを以前、このブログでも書きました。「157 8月31日がつらくならない方法

今年こそは、夏休みになっても、自分で自分にハードな日常を課したいと私は考えている。今年こそは充実した夏休みにしたい(と、毎年思っているんだけど)。

183 上原選手の背番号が19番である理由

メジャーリーグ、ボストン・レッドソックスの上原浩治投手、今年も活躍中である。首位を走るチームのクローザーという大役を引き受けている。

上原選手の輝かしい経歴については、「Yahoo!スポーツ MLB - 上原浩治」を見てください。

この上原選手、巨人に在籍したときの背番号は19番。そして、現在のレッドソックスでも19番をつけている。

なぜ上原選手は19番をつけているのか。それは自分の19歳のころを忘れないようにしているためである。

19歳の時に、上原選手に何があったかというと、実は大学受験に失敗して、浪人して受験勉強をしていたのだそうだ。

実は上原選手、プロになってからの輝かしい実績に比べて、高校生の時はそれほど注目されていたわけではない。

寝屋川市の公立中学校を卒業した上原選手は、自宅から近くの、スポーツの盛んな東海大学付属仰星高校に進学した。

高校時代の上原選手は、控えのピッチャーで、公式戦で投げたのは3試合だけだった。同学年に、後に日本ハムで活躍する建山義紀選手がいたからだが、上原選手自身にもあまりポジションにこだわりがなかった。

高校卒業後はプロになりたいとは思っていなかったが、野球を続けたい思いは強かった。そこで、大学に進学することにした。大学は大阪体育大学を目指した。

大阪体育大学にした理由は、家計を考え、実家から通えるということ、そして推薦入学の枠があったからだった。野球ばかりで勉強などまったくやっていなかったのだ。

ところが、チームメイトの一人が、急に大阪体育大学の推薦を願い出てしまった。このチームメイトの方が学校の成績がはるかにいい。

推薦枠からはじかれた上原選手は、一般入試で受験するが、結果は不合格。

上原選手は浪人することにした。そして後に、この一年間の浪人生活をこう語っている。

私は本当に死に物狂いで参考書と首っ引きになり、問題集と格闘した。それこそ過去の十八年分を一気に取り戻すつもりで、机にかじり付いていた。間違いなく、あの一年間が人生で最も真剣に勉強したと断言できる。(※1)

この一年間、上原選手は野球も封印した。硬式ボールを触ることもなかったが、週三回スポーツジムに通って体作りに心がけた。

そして、翌春、上原選手は再チャレンジした大阪体育大学に合格する。

しかし、普通に考えれば、一年間浪人生活を送るというのは、スポーツ選手にとっては特にマイナスであろう。

上原選手が浪人生活を送っている間に、同学年の高橋由伸選手や川上憲伸選手たちが、進学先の大学で頭角を現している。

しかし、このあせりにも似た感情を、上原選手は大きな力へと変えていく。「自分も追いつけるように頑張らなければ」というモチベーションにつなげたのだ。上原選手はこう語る。

受験に失敗することなく、すんなり大学へ進んでいたら、上原浩治の人生は全く違っていたことだろう。同い年で活躍する選手へ、対抗心も燃え上がらなかっただろう。(※2)

「何、くそ」という心の大切さを学んだのが、この19歳の浪人時代にであるというのだ。上原選手はこう述べる。

浪人時代の一年間こそ、上原浩治の礎であり、人生の要である。私は十九歳のこの年を生涯胸に刻みつけるために、プロ野球選手になって背番号「19」を背負った。(※3)

----------------------------------

(※1)『闘志力。』上原浩治・三省堂

(※2)同書

(※3)同書

« 2013年7月 | トップページ | 2016年1月 »

無料ブログはココログ