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2011年5月

2011年5月30日 (月)

151 君が今そうなのは、何%くらい君自身の責任?

まー、ほんとにあきれるわ。中学3年生になって、なんでそんなつまらないことで、けんかをするの!

「何でケンカになったの?」と片一方に聞く。

「だって、あいつがオレの筆箱を取っていったから」

「なんで、おまえ、筆箱を取るようなことしたの?」

「だって、その前に、あいつが気にさわることを言ってきたもん」

二人とも「自分は悪くない。あいつが悪い。」

 

さて、さて、話はかわって、いきなり唐突なことを聞く。

今、君がそういう状態なのは、何%くらい君自身のせい?

毎日の生活が充実していて、毎日が楽しい人もいるだろう。逆に、な~んかくすぶってて、学校もおもしろくないし、家もおもしろくない、部活だって・・・、という人もいるかもしれない。

とにかく、自分が今、そういう状態なのは何%くらい自分の責任なのだろうか、と聞いているのだ。

 

答は・・・90%が君自身の責任だ。

 

これは私の考えではない。『死ぬまでに達成すべき25の目標』(※1)という本の中に、チャールズ・スインドルという人の言葉が紹介されている。

 

私は確信している。人生では、外から自分の身に降りかかることが全体の10パーセントを規定している。そして、残り90パーセントは自分がそれにどんな反応を選択するかで決まる。これは誰にでも当てはまる。自分の心の姿勢を選択するのは自分自身なのだから。

 

90パーセントとは思ったよりも大きな数字と感じた人も多いのではないか。

 

90パーセントとは大きな数字であり、勇気づけられる数字である。(中略)つまり、現在と将来のあなたのあり方の90パーセントは、あなたがコントロールできるということだ。今日から死ぬまでに起こることの大部分はあなたが「自分で考え、自分で決める」ことにかかっているからである。(※2)

 

さて、さっき友達からからかわれて、くやしさのあまり、その友達の筆箱を取った君。

君は、友達から嫌なことを言われて、ムッとしたとき、こう考えることもできたはずだ。

「こんなヤツの言うことに、腹を立てて、オレの貴重な一日をだいなしにするのはばかげている。あんなやつ、ほおっておこう」と。

 

それなのに、君は腹いせに、そいつの筆箱を取ってしまった。筆箱を取ったのは、他ならぬ君自身が選んだ行為だ。そう考えると、ケンカになってしまったのは、何パーセントくらい君の責任なのかなあ。

――――――――――――――――――――

(※1)『死ぬまでに達成すべき25の目標』(中嶋秀隆・中西全二 著)

(※2)同書

2011年5月29日 (日)

150 常に最悪の場面を想定する~長谷部選手の言葉から

このブログでも何度か紹介してきたサッカーの長谷部選手。

 

長谷部選手の人となりを伝えるものとして、評判を集めている一枚の写真がある。

 

著作権の問題から、その写真をここで載せることができないが、googleの画像検索で、その写真を掲載しているサイトを見つけた。

というサイトである。興味がある人はクリックしてみてください。

 

この写真は先のワールドカップの決勝トーナメント第1戦、パラグアイとの試合で、引き分けののままPK戦までもつれこみ、パラグアイの最後のキッカーがゴールを決めた直後の写真である。つまり、敗戦が決まった直後の写真なのである。

 

負けが決まって、くやしんだり、呆然としている選手たちの中で、一人だけ違う振る舞いをしているのが、長谷部選手だ。

 

ある記者が、長谷部選手にこう質問した。

 

「負けた瞬間なのに、すっと立ち上がって、GKの方に歩いています。しかも顔がすっきりしている。これはキャプテンだから切り替えられたのですか?それともある程度負けを覚悟していたのですか?」(※1)

 

長谷部選手はこの記者が言う理由を二つとも否定した。そして、こう語る。

 

僕は何が起こっても心が乱れないように、普段から常に「最悪の状況」を想定しておく習慣があるということだ。

 

たとえば、所属クラブや代表でレギュラーだったとしても、いつ外されるか分からない。だから、レギュラーから急に外されるという「最悪の状況」を前もって想定して、日頃から準備を進めている。

(中略)

だからこそ、大会中にもしベンチスタートになったら、自分に何ができるかも常に考えていた。これは「外されたらどうしよう?」と常にビクビクしているわけではなく、集団として戦うなかで自分ひとりの感情でチームを揺さぶらないようにしたいと思っていたからこそだ。(※2)

 

さすがというしかない。そして、明日から学校や職場で過ごす私や君たちにとっても、とても参考になり、勇気づけられる姿勢である。

――――――――――――――――――――

(※1)『心を整える。』(長谷部誠著)

(※2)同書

2011年5月28日 (土)

149 負けるときは不平・不満があるとき

ボクシングの大橋秀行さんのことは以前、「099 私がチャンピオンになれた理由の一つが読書である」という記事で紹介したことがある。

 

大橋さんは、世界チャンピオンになるために、体重が増えるのを防ぐため、小学生の時から一日一食の生活を貫き(※1)、中学校の時には昼食を食べない大橋さんを見かねて、当時の担任の先生がボクシングジムに文句を言いに行ったというエピソードもある(※2)、すごい人である。

 

こんな大橋さんの選手人生も順風満帆ではなかった。

 

『人生の目的が見つかる魔法の杖』という本の中に、こんなことが書いてあった。

 

大橋会長も、自分の能力に絶望したことがあった。「若い頃は、ここぞという試合になると負けてしまった」と、意外なことをいわれた。高校2年でインターハイを制したものの、3年生では優勝できず、大学のときは肝心のオリンピック最終選考会で、勝てる相手に負けて出場できなかった。プロになってからも、大事な試合になるとなぜか負けてしまう。(※3)

 

大橋さんは、「なぜだ、なぜだ」と考え続け、ふと気づいたことがあった。

「負ける前はいつも監督とかジムの会長に対して不満を持っていたんです」

 

勝ち続けてくるとどうしてもうぬぼれが出て、自分の力で強くなってたとカン違いしてしまう。「何だよ、アイツ」とか、「教え方が悪いんだよ」と周囲に対して不平不満が出てきたところで負けている自分に気づいたのだ。

 

「負けるのは周囲がわるいんじゃない。自分が悪いんだと考え方をあらため、まわりに対して感謝を持って接するようになると、やっぱり自分が変わってきた」(※4)

 

大橋さんは、その結果、3度目の挑戦で世界チャンピオンになることができたのだ。山口良治先生(ドラマ『スクールウォーズ』のモデルになった人)の表現を借りれば、うまくいかない原因を周りのせいにするのをやめて、「自分に矢印を向ける」ことができないと、真の成長はないのだろう。これがなかなか難しいんだよなあ・・・。

――――――――――――――――――――

(※1)『人生の目的が見つかる魔法の杖』(西田文郎著)

(※2)Wikipedia「大橋秀行」

(※3)前掲書

(※4)前掲書

148 自分の弱みを見せられる人ほど実は強い

本当はすごい人なのに、自分の恥ずかしい失敗談や悩みを打ち明けてくれる人を見て、「こんなにすごい人なのに、私と同じような失敗や悩みをもっているんだ」と親近感を持つと同時に、「自分の弱みを見せられるなんて、なんて大きな人なんだろう」と思うことが、私にはよくある。

心理学者の伊東明という人がこう問いかける。(※1)

 

気さくでエラぶっていない人ほど、弱点を見せることができる。弱点を見せられる人ほど、実は強い。

謙虚であることは弱さではない。傲慢さこそ弱さの証である。謙虚であることこそ、本当の意味での強さにつながるのである。

あなたはいかがだろうか。

私は自分の弱みを人に見せるのが苦手である。虚勢を張っている部分があるのかなあ。本物の強さがまだないということだろう。

そういえば、『10年大盛りメシが食える漫画入門』を書いた樹崎聖さんは、自分を卑下するには「自信」が必要だという。

樹崎さんはこう語る。

お笑い芸人のボケキャラが運動神経抜群だったり、膨大な知識の持ち主だったりするのは偶然ではなく、何らかの自信に裏付けられているからこそ堂々とボケられるのです。友人のパチスロ・エッセイ漫画を長く描いている女性漫画家さんは外見も言動も自分を貶(おとし)めまくりな漫画を描いて人気なのですが、本人に会うと美人で聡明だったりします。

なるほどなあ。

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(※1)『なぜ「エライ人」は馬鹿になるのか?』

2011年5月25日 (水)

147 自分の夢は他人に語った方がいいのか、それとも?

君には夢があるか?私には一応、ある。

 

さて、君は自分の夢を人に話した方がいいと思う?それとも、自分の夢は自分の胸のなかにしまっておいた方がいいと思う?

 

私はこれまでは自分の夢を人に語る方がいいと思っていた。実際、いろいろな本の著者も、積極的に人に話したり、いつも目に見えるところに自分の目標を書いておくようにすすめている。だから、親しい人には「私は将来は○○したいんですよ~」と話すことも多かった。

 

だけど、石井裕之さんというセラピストが書いた本(※1)を読んで、「そうかあ、自分の夢は人に話さない方がいいのかもしれないなあ」と思い始めた。

 

石井さんが本の中で書いていることを私なりに以下にまとめてみた。

 

人は夢が叶ったときの自分の姿を想像すると楽しくてワクワクするものだ。

 

だから、人にも自分の夢を話してみたい。自分の夢を知ってもらいたい。そうするとどうだろう。自分の夢を人に話した後は、こう思うだろう。

 

「みんなの前で言ってしまったのだから、もう後戻りはできないぞ!必ず実現しなくちゃいけない!」と。

 

これは自分が努力を続ける良い動機付けになる。自分が気を抜いたら、友人たちからは「あれ?目標はどうしたの?」と言われてしまう。だからがんばれるかもしれない。

 

でも、石井さんは「これって、おかしくない?」と言うのです。なぜなら、本当はワクワクする夢への努力が、「人に言ったからしょうがないから努力しようか」という「義務」に変わってしまうのではないかと言うのだ。

 

石井さんはとても分かり易い例をあげている。

恋愛に置き換えてみれば、わかりやすいかもしれません・・・
「最初はキミに惹かれたからつきあったけど、今は、義務でいっしょにいるんだよ。何しろ、友だちの前で、恋人として紹介しちゃったからなあ・・・」なんて言われたら、あなたはどんな気分になりますか?

 

石井さんは、自分の夢を語ることのもう一つの危険性を次のように指摘する。

 

僕たちが人に夢を語るということの心理の中に、夢を語ることによって、「他人から認められたい」とか「他人にかまってほしい」という気持ちがありはしないか、ということだ。

夢を人に語ると、最初のうちは、「まだ努力は続いているかい?」などと、人が声をかけてくれるかもしれない。本来、孤独に努力を続けなければならない中にあって、これはうれしいことだ。

 

しかし、人が声をかけてくれるのも最初のうちだけ。そのうち、だれも自分の夢なんかきにかけてくれず、だんだんと寂しい思いをするかもしれない。すると、いつの間にか夢への意欲もなえてしまうことにもつながる。

 

石井さんはこう語る。

あなたはあなた自身のためにがんばっているのです。それなのに、人にかまってもらわなければヤル気が続かないというのは、どう考えても間違った心のもちようです。

なるほどなあ。自分の夢を得意そうに語っていた自分が、なんだかちょっと恥ずかしくなった。
――――――――――――――――――――
(※1)『人生を変える「心のDNA」の育て方』(石井裕之著)

2011年5月23日 (月)

146 本番のテストを受けるまでには睡眠を挟もう

徹夜でテスト勉強して、そのまま試験に臨んだことがある人は、必ずおぼえがあることだろうが、徹夜で勉強してもいいことは一つもない。

 

私も、真夜中テスト勉強していたときは、しっかり覚えたつもりであったが、朝方に近づくにつれて頭がぼんやりしてしまい、本番のテストの時には、あれほどきちんと記憶したはずの言葉がどうしても出てこない。おまけに、普段ではあまりしないようなケアレスミスを連発してしまった。

 

「徹夜の苦労はいったい何だったのだろうか・・・」と落ち込んだのを覚えている。

 

下の表を見てほしい。これは、「何かを記憶して、そのままずっと起きていた場合」と、「記憶した後、睡眠をとった場合」の記憶の残り方を調べた結果である。(申し訳ありません。この出典が分かりません。)

 

覚えてからの時間

起きていた場合

寝た場合

1時間

約40%

約70%

2時間

約20%

約60%

4時間

10~15%

約60%

8時間

5~10%

60~65%

一生懸命覚えても、起きていたら2時間後には20パーセントしか記憶に残っていないが、覚えてから2時間寝たとすると、目覚めたときはまだ60パーセントも記憶に残っているということだ。

もし、たとえ朝の4時まで勉強したとすると、「もうこのまま徹夜してしまえ!」と思わずに、2時間でも寝たほうが、せっかく覚えたことがいかせるといえる。

 

もちろん、君たちが社会に出て働くようになったら、締め切りに間に合わせるために、いやでも徹夜仕事になってでも仕上げなければならないことは多々あるだろうが、こと、覚えたことや理解したことを測る「テスト」というものは睡眠が大切なのだ。

2011年5月22日 (日)

145 漫画家のアシスタントになったら心がけること

私は特にマンガ好きではないのだが、今日図書館で『10年大盛りメシが食える漫画家入門』(樹崎聖 著)という本を手に取ってみた。漫画家を志す人は、多くの場合、プロの漫画家のアシスタントになり、仕事=修行、という感じで、自分の実力を蓄え、ゆくゆくはプロとしてデビューを目指すことになるのだろう。

 

この本の中で、「技術よりもまずは人間性」と見出しがついた部分を引用させていただいた。

多くの漫画家さんが口を揃えて言いますが、アシスタントにとって一番大切なのは空気を読み仕事場のムードを良くすることです。技術は後からでもついてくるのでまずは人間性ということですね。

 

まず先生や編集者、先輩にしっかり挨拶しましょう。午後集合でも「おはようございます」のところが多いようですが、空気を読んで先輩達と足並みを揃えて下さい。

(中略)

 

仕事が始まったら積極的に仕事をする。声を掛けられるまで待つようではいけません。目の前の仕事を終えたらすぐに次の仕事を求めましょう。自分がこの仕事を終わらせるんだという気概で臨むことがチームワークにつながります。

 

ただし先生に「できました!」と声を掛ける時はタイミングを大切に。先生が集中してペン入れしているのを乱してはいけません。ペンが原稿用紙から離れた瞬間を狙って声を掛けて下さい。

(中略)


リテイク(やり直し)になっても言い訳はしないように。
同じミスさえしなければいいのですから言われたことはメモして目の前に貼って、常に注意するようにしましょう。

 

(中略)

自分のミスではない部分でリテイクを指示されても「そこは私ではありません」と言うのも控えましょう。野球と同じように、個人が自分の仕事をしっかりやって他の人のリカバリーも出来るというのが理想です。流れるようなチームプレーで作品を仕上げていく仕事場の活気はそのまま原稿にも表れるものです

そうなんだ~。漫画家の世界ってずいぶん特殊な世界かと思っていたけど、心がけることは普通の職場と全く同じじゃないか。そう思いました。

2011年5月21日 (土)

144  何とかなる子、ならない子

向山洋一という元小学校の先生がいる。たくさんの本を書き、「TOSS」という、全国に組織がある先生たちの授業研究サークルを作った人だ。

この向山先生が「なんとかなる子、ならない子」というテーマで次のようなことを書いていた。(※1)

向山先生は、小学校の先生なのでとてもたくさんの児童を中学校に送り出してきた。その中には、小学校時代はパッとしなかったのに、中学校になって勉強がぐんぐん伸びていった生徒もいる。つまり、小学校時代は勉強が得意ではなく、将来が心配されたけれど、「なんとかなった」子である。

しかし、「なんとかならない子」の方が圧倒的に多いという。向山先生はこう言う。

(親から自分の子の勉強のことを)相談された場合、多くの教師は次のように言うでしょう。
「そのうち何とかなりますよ。心配しないで大丈夫です。」と。
「人間の生き方にはいろいろある」「人間はいつ変わるかわからない」という意味でなら、この励ましには賛成です。また、重病の患者を励ます医師の態度と同じで、「励ますことそれ自体が大切な教育なのだ」という意味でなら、この励ましに賛成です。

そのことに賛成した上で、あえて述べておきたいことがあります。「そのうち何とかなります」は、「何とかならない」場合が圧倒的に多いということです。正確に言えば「何もしなければ」「ほとんど何ともならない」のです。 (※2)

それでは、「なんとかなる子」と「ならない子」を分けるものは何だろうか。

それは、「努力を継続する力」があるかないか、だという。たとえば、「なんとかなる子」は前もって予告した漢字の10問テストではほとんど毎回満点を取るそうだ。「なんとかならない子」は気分が乗ったときはたまに満点を取るけど、それが続かない。

「記憶力や理解力」は劣っていてもよいが、「持続力」を育てていくことは大切なことであると向山先生は言う。

そうなんだ。確かに「記憶力や理解力」は天性のものがあるかもしれない。しかし、それよりももっと大切な「持続力」は自分で育てることができるのだ。

実際、中学校の私の国語の時間では授業始めに毎時間5問ずつ漢字の書き取りのテストをする。授業の前の10分間の休憩時間から書き取りの練習をしている人もいる。反対に、10分間一生懸命に友達とぎりぎりの時間まで騒いで遊ぶ人もいる。

授業前に書き取りの練習をするか、友達と騒ぐか、どちらも自分で選んだ行為だ。強制されたことではない。「すべきことをきちんとする」というこれから自分でのばせる「持続力」を育てていきたいものだ。
――――――――――――――――――――
(※1)『向山式「勉強のコツ」がよく分かる本』PHP研究所
(※2)同書

2011年5月16日 (月)

143 小さなところでGOODになる~ビリー・ジョエルの言葉

何かで次のようなことを読んだことがある。

ハローワーク(職業安定所)の人が言ったことだ。

 

何度も転職を繰り返す人は、今の職をやめるとき、様々な理由を言う。

たとえば、「職場の上司と折り合いが悪い」「人間関係が嫌だ」「待遇が悪い」などなど。

 

でも、そうやって仕事を変わっても、新しい職場でまた同じ不平を言うようになるそうだ。

 

私も仕事でおもしろくないことが続くと、いろいろと回りに対して不満を抱くことがある。そんな私が勇気をもらえる言葉を見つけた。

 

キミたちはビリー・ジョエルというアメリカのミュージシャンを知っているだろうか。きっとお父さんお母さんは知っていらっしゃると思うので聞いてごらん。1980年代から90年代にかけて活躍したスーパースターである。

 

あるテレビ番組で、日本の若者の「あなたのようなロックスターになろうという夢をもってがんばっている若いアーティストたちに、ぜひアドバイスをお願いします」という問いかけに対して、

ビリー・ジョエルは次のように答えている。

 

大きな舞台を夢見るばかりで、自分はこんなところじゃダメだなんて思っちゃいけない。たとえば、キミが小さなパブのピアノ弾きにすぎなかったとしても、その小さなパブのお客さんたちが大ファンになってくれるように、ピアノ弾きとしての自分の腕を徹底的に磨くんだ。いいかい?まずはその小さなパブでGOODになるんだ!その小さなパブのスーパースターになるんだ!そうすれば、やがてデカイ舞台が用意されたときに、キミはそこでもスーパースターになれるんだよ!(※1)

 

そうなんだ。今自分がうまくいかなくても、自分ができることは必ずある。それを一生懸命追求することが道を切り開くことになるんだ。

 

今、いろいろとうまくいかないことが多い人も、自分にできることを高めていこう。

 

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(※1)『人生を変える!「心のDNA」の育て方(石井裕之著)

2011年5月15日 (日)

142 やるかやらないか~元暴走族の予備校講師・吉野さんの言葉

今日は吉野敬介さんという人を紹介する。この人は予備校の先生(講師)で古文を教えていた。予備校というのは普通、高等学校を卒業したけど大学入試には落ちたので一年間(中には数年)勉強をするための学校である。

この吉野さんの授業は「分かりやすい」と生徒の間で人気の授業だったそうだ。「代々木ゼミナール」という東京の中でも大きな予備校の大きな教室に入れ切れないほど生徒が集まるらしい。入試直前講座の時には、徹夜してまで並んでこの先生の講義を聴きにくる生徒もいるらしい。

ところが、中学、高校生の時の吉野さんは相当な不良だったらしい。吉野さんは自分の高校生活について次のように振り返る。

オレは「今日もサイコーだったぜ」と言うために、仲間と遊びまくって過ごした。授業中にシンナーを吸ったり、腕だめしにケンカをふっかけてまわったリ、バイクを盗んで乗り回したり。いちいちオレの「悪行」を書き連ねていたら、それだけで五冊くらい本が書けそうだ。まあ、思いつくような悪いことは、だいたい全部やってきた。(『だからおまえは落ちるんだ!やれ!』より引用。以下同様)

吉野さんは高校3年生のときからつきあい始めた彼女を幸せにしたいと思い、就職活動を始めたころの自分をこう語っている。

オレは、真剣に就職先を探した。就職試験も受けたが、ほとんど落ちた。出席日数もギリギリの状態、しかも、だれが見てもパンチパーマの暴走族上がりで、眼つきはヤクザ。昔は、中卒や高卒を「金の卵」とかいって大事にしたらしいが、オレは「鉛のクズ」のように見えたに違いない。

ところが結局は彼女からもふられてしまう。ショックのあまり吉野さんは自殺まで考える。どうにか自殺は思いとどまった吉野さんは、自分の元を去った彼女に電話をかけた。彼女はこう答えた。

「やっぱり大学ぐらいは行ってくれないと・・・」

彼女の新しい彼氏は大学生だったのだ。

これを聞いた吉野さんは「オレも大学くらい行ってやろうじゃないか!」と思ったが、それでも実際には勉強はしなかった。しかし、このあと吉野さんの運命を決める決定的な事件が起こる。

それは、吉野さんが友だちと、酒を飲んだ二日酔いの頭で町を歩いていたときに、分かれた彼女が新しい彼氏と楽しそうにスポーツタイプの車でドライブしている姿を目の当たりにしたのである。

「バカにするな、くそ、なめるなよ。このやろう、絶対に大学に受かってやる。おまえの男よりいい大学に絶対に受かる。なめんなよ。見返してやるからな。おーっ。」

大学受験を決意した吉野さんだが、受験までに残された時間はあと四ヶ月。しかし、勉強らしい勉強をしていない吉野さんの当時の学力はというと・・。

9月23日、代ゼミの模擬試験を受けた。戻ってきたデータに、国語25、英語23、日本史24と、数字が並んでいた。

なんだよ、オレってけっこうカンが鋭いじゃん。何もわからなくても、適当に答を選んで、こんなに点がとれるなんて、こりゃチョロイな。この数字をはじめに見たとき、そう思った。オレはてっきり得点だと思っていたのだ。

ところが、得点じゃなかった。それにしては、答案用紙はバツだらけで、マルが一つか二つくらいしかない。おかしいなあ、と思っていたら、これが偏差値だった。

偏差値20台というのは、得点にすると4点くらい。幼稚園児が目をつぶって、全ての解答欄に3という数字を書いても絶対に4点は取れる。偏差値で20というのは、「とることのほうがむつかしい」と言われた。

ここから吉野さんの猛勉強が始まった。

平均して、一日20時間勉強した。一日20時間勉強すると決めたわけではない。やることをやっていると、結果的に寝る時間がなくなる。そんな感じだ。

寝る前に、起きてから一日でやる分量を決める。日本史なら適当にここまでと決めて、教科書の隅を折る。問題集も同じ。古文の単語は、100個ずつ覚える。こんな適当なやり方で、その日の計画を立て、それが終わるまでやる。終わらなければ絶対に寝ない。この繰り返しで、オレは4ヶ月勉強した。結果的に寝る時間がなくなるのは、当たり前だ。人が3時間でこなせる分量を、初めのころのオレは、15時間も20時間もかかったのだからしかたがない。

吉野さんの成績は、すこしずつ上がっていく。

やればやっただけ、結果が出る。

10月の終わりの模試では、偏差値25だった国語が52まで上がっていた。英語は相変わらずだったが、偏差値30に届いた。オレがさらに手ごたえを感じたのはそれからまた一カ月後の11月の終わりごろだ。とくに、古文に関しては、間題集をやっても、めったに間違えることはなくなっていた。

入試シーズンが近づくにつれてさらに成績を上げていった吉野さんは受験校を立教大学、明治大学、法政大学、国学院大学にする。

なんとたった4ヶ月の勉強で、この有名私立大学全てに合格した。そして「本気で古文を勉強したいのなら国学院がいちばんいい」と塾の先生にすすめられ、国学院に入学する。 大学卒業後は、代々木ゼミナールの講師としての採用試験に臨み、歴代トップの成績で採用されたのである。吉野さんの次の言葉はとても印象に残る。

そもそも、受験ほど向き・不向きがない世界もない。スポーツの世界と比べるとよくわかる。いつも運動会でビリをとっているヤツが、一年間で日本新記録を破ることはまず不可能だが、偏差値40くらいのヤツが一年間で早稲田や慶応に受かるまで力をつけることは十分に可能だし、事実そんなヤツもいっぱいいる。

受験というのは、受かるためにやるべきことというのがわかっていて、あとはそれを「やるか、やらないか」という単純な違いしかない世界だ。(中略)

受験で才能がどうだとか、頭がいい悪いだとか、勉強方法がどうだなどというのは、もっとずっと後の話だ。「やるか、やらないか」。まずは、ここから始まる。「頭が悪くて……」と言ってオレのところにくるヤツが10人いたら、まずその10人は、勉強をやっていない。本気でやりもしないで、オレのところにくる。

もっと言えば、その10人には共通点がある。飽きっぽいのだ。とにかく飽きっぽい。

受験の必勝法というものがただ一つだけある。それは、「飽きっぽい性格から、集中できる性格に変える」。これだけだ。と。

2011年5月12日 (木)

141 パラシュート部隊と実力テスト

今から書く話は何かの本で読んだ話だ。

アメリカの大統領が第2次世界大戦中に、次のように演説したそうだ。

わが国の優秀な軍隊の落下傘部隊が出撃した。しかし、上空に飛び立ってから、その作戦が中止になった。そこで、飛行場に引き返したわけであるが、飛行機が着陸態勢に入ったとたん、パラシュート部隊の強者たちが、みんな青い顔をしている。聞いてみたら、飛行機が着陸するのが怖いのだという。

パラシュート部隊の兵士たちにとってみれば、パラシュートで落下するのはもう慣れたものである。しかし、飛行機に乗ったまま着陸するのは、あまり経験がないのである。だから顔色が青くなったのである。

大統領がこの後どんなことを演説したのかは分からない。

しかし、この話が教えてくれるのは、人間というのは、今まで自分が経験したことがないことをするのは、非常にプレッシャーになるということだ。

だからこそ、私たちは大きな舞台に立つときはリハーサルが必要だ。

君たちは来年早々、ほとんどの人が生まれて初めての「入試」というものを経験することになる。来月から何度か実施される実力テストは絶好のリハーサルだ。それなりに真剣に準備して受けないと、意味がないぞ。

2011年5月11日 (水)

140 努力を我慢を人に見せない~長谷部誠選手に学ぶ

みんなは知らないだろうが、国語の先生に大村はまという多くの教師の尊敬を集めていた人がいる。何冊も本を書いているすごい人だ。すでに故人だが、生前、大村先生はこんなことを話していた。

よく先生たちは君たち生徒に、「今日の(今学期の)授業はどうでしたか?」というアンケートを書いてもらったりする。

しかし大村先生はそんなことはしなかった。だいたい、生徒が一生懸命に取り組んでいるか、国語の力が身についているかということは、教師がしっかりと生徒を見ればわかるではないか。それに、子どもは元来優しいから、つまらない授業でも「良かった」と書いてくれるのではないか。大村先生はそう言っていた。

ここには他人からの評価を気にせずに、自分自身をしっかりみつめている教師の姿勢がうかがえる。

そういえば、以前イチロー選手が、自分の記事が載っている新聞は読まないということを書いた。たとえ、自分が大活躍した次の日の新聞でも見ない。新聞記事という他人の評価が、自分の価値観をじゃまするのをきらったのだ。

昨日紹介したサッカー選手の長谷部誠さんも、「努力や我慢はひけらかさない」と言っている。なぜなら、周囲からの尊敬や同情は自分の心の中に甘えを呼び込んでしまうから、と長谷部選手は語る。

「自分はケガをしているけどがんばります」とか、「自分はこんな努力をしているんだ」と周囲に伝えるということは、自分自身の中に「言い訳」の材料を作ってしまうことになるというのだ。

長谷部選手はこう言葉を続けている。

「そんなに努力してすごいですね」
と褒められると、これもまた言い訳の「種」ができてしまう。試合に向けてどんな準備をしてきたかは自分自身がだけが分かっていればいい。
 周囲からの尊敬や同情は、気がつかないうちに自分の中に甘えを作っている。甘えができたら、楽な方に流されてしまうおそれがある。特に自分が追い込まれて、ぎりぎりの判断を迫られたときに。(『心を整える』p.115-116

どんな分野でも極めた人は他人に左右されない自分の価値観をもっているんだなあ。

2011年5月10日 (火)

139 自分と向き合う~長谷部誠選手に学ぶ

君は、部活でも何でもレギュラーになれなかったり、試合に出られなかったことがあるだろうか?そして、それに納得いかなかったことがあるだろうか?

私はすごくたくさんある。どうも私は先生に好かれるタイプの生徒ではなかったらしく、中学生時代の部活でも選手に選ばれず、納得のいかない悔しい思いをしたことは何度も何度もある。

ところで、長谷部誠というサッカー選手を知っているだろうか?今、『心を整える』という長谷部選手が書いた本がベストセラーになっている。長谷部選手は、2009年ワールドカップ南アフリカ大会で、ほぼすべての試合でゲームキャプテンを務め、決勝トーナメント進出に貢献した。現在、ドイツのブンデスリーガのチームで活躍中である。

『心を整える』の中に、こんな話が書いてあった。

長谷部選手が高校を卒業して浦和レッズに入団してからすぐのことである。
彼はレッズのサテライト(二軍)チームの遠征メンバーに選ばれた。

自分が遠征メンバーに選抜されたことに喜んだ長谷部選手は、遠征での試合に自分の家族を呼ぶ。両親、姉、妹たちが実家のある静岡県から茨城県まで、はるばる応援に来てくれた。二軍の試合なので観客席はガラガラ。だから観客席にいる家族の姿はすぐに見つかった。

「みんなの前のいいプレーを見せるぞ」とはりきっていた長谷部選手だが、先発メンバーではなかった。ベンチの中で「今か、今か」と選手交代を待ったが、とうとう出番は来なかった。試合が終わった。情けなさで呆然となった長谷部選手は家族の方に振り向くことさえできなかった。

屈辱感の中で、長谷部選手は思った。

「なぜ、監督は自分を使わなかったのか。使うつもりがなかったのに、なぜ遠征メンバーに選んだのか。」

悔しかった。寮に帰って、一人で部屋にいると気が狂いそうだった。

長谷部選手は練習場に向かった。倉庫からボールを取り出し、壁に向かってボールを思いっきり蹴った。跳ね返ってきたボールをまた蹴る。悔しさと怒りの中でボールを蹴り続けた。

2時間がたった。体力も気力もなくなったころ、長谷部選手はあることに気がついた。

「監督が悪いんじゃない。自分の力が足りないから試合に出られないんだ。」

この『心を整える』という本を読んでいて、まず思ったのは長谷部選手が「自分と向き合う」ということをとても大切にしているということだ。

長谷部選手はどんなに忙しくても、必ず一人きりになり、30分は心を落ち着かせ、さまざまなことに思いをめぐらせる時間を持つそうだ。だからチームメイトから遊びに行こうと誘われても断ることも多く、「ハセさん、つきあい悪いっすよ」と冗談交じりに言われることもあるそうだ。

一人で考える時間はとても大切だ。中学時代の私が「自分と向き合う力」があったら、もっと違った人生になったかもしれないな、と思った。当時は自分と向き合うことができず、「監督が悪い、オレは嫌われている」と不満を口にするだけだったのだ。

2011年5月 8日 (日)

138 中国を訪問して

 青島から威海市までの二百七十キロの車窓の風景、二月にホームステイに来られた威海市の中学生たちとの再会、城里中学校の先生がたの笑顔、人なつこく優しい運転手さんとの出会い、私たちのお世話をしてくださった通訳さんのプロ根性あふれるお仕事ぶりなど、今回の訪中の一瞬一瞬がすべて貴重な思い出になりました。
 その数々の思い出の中でも、これからいつまでも私の心を温かくしてくれる風景があります。

 威海市を訪れて四日目の土曜日のことです。威海市で私たちを受け入れてくださったご家庭の方々が、私と日本の中学生たちを威海動物園に連れて行ってくださったことがありました。その時のことも思い出に残るのですが、威海動物園から帰ってきた夕方、夜までまだ時間があるので、威海市の方から「これから何がしたい?」と聞かれました。私は「買い物がしたい」と答えました。

 すると、威海市の男子中学生三人が私の買い物に付き添ってくれるというのです。中学生三人が私のカバンを持ってくれ、往来の激しい道路を渡るときには背中を優しく押してくれます。私が「パソコン売り場を見たい」というと、電気店に案内してくれ、店員さんに「日本から来たお客様がパソコンを見たいと言われています」と紹介してくれるのです。
 「中国の文房具をほしい」というと、あれこれと何軒も売り場を巡っては、一緒に探してくれます。「これを買いたい」というと、中学生たちが伝票を売り場から受け取り、レジまで走って、そして商品を私に渡してくれます(日本と買い物のシステムが違います)。

 「中国のDVD映画が買いたい」と言えば、今いる百貨店から出て、安そうな専門店まで連れて行ってくれました。私が「これを買おう」というと、三人とも一様にほっとしたような表情を浮かべます。

 のどが渇いただろうから、私が飲み物をおごるといっても、みんな遠慮するのです。自分たちだって、今日一日動物園で遊んできっと疲れているはずなのに。

 彼ら威海市の中学生たちが私をもてなそうとして一生懸命な様子が伝わってきて、申し訳ないような、それでいてすごく愛しいそんな気持ちにさせられました。

 今回の威海市の訪問期間を通じて、威海市の中学生たちが大人(年長者)に対して、言葉で表現しにくいのですが、ちょっと一歩ひいたような敬意を表してくれて、まるで昔の日本の子供たちを見るような懐かしさを感じました。

 今回引率教員として威海市に行かせていただき、様々な体験をさせていただき、本当にありがとうございました。国際政策課の方々をはじめ、威海市の方々には大変お世話になりました。ありがとうございました。そして、学生時代に中国語を勉強して本当に良かったなあと思いました。(以下省略)

2011年5月 7日 (土)

137 勉強はやる気がすべて?

内藤誼人という心理学者が、『すごい!勉強法』という本の「まえがき」で次のように述べている。

本屋さんに出かけると、「効率のよい勉強法」であるとか、「受験に合格するテクニック」に関しての〝技術″を説いた本がうんざりするほど見つかる。

しかし、はっきり言おう。

勉強でもっとも大切なのは、「やる気」だ。

やる気が一番大切なのだ。

どんなに頭が悪くとも、やる気さえあれば、成績は伸びる。ものすごく能率の悪いやり方で勉強をしていようが、やる気さえあれば、どんな難関大学にも合格するし、どんなに難関の試験にも合格する。

「テクニックと、やる気ではどちらが大切ですか?」
と私が質問されたら、迷わず「やる気だ」と答えるであろう。

やる気がなければ、テクニックも身につくはずがないからだ。

そういえば、『天才!成功する人々の法則』(マルコム・グラッドウェル著 勝間和代訳)という本の中に、次のような不思議なことが書いてあった。

IEA(国際教育到達度評価学会)は、世界の小中学生を対象に、数学と理科のテストを実施している。新聞なんかに、「日本は前回は○位だったけど、今回は○位に下がってしまった」なんて報道されている。

さて、このテストを受ける児童生徒たちは、数学と理科の問題以外に、アンケートに答えるようになっているそうだ。

たとえば、「将来,自分が望む仕事に就くために、数学で良い成績をとる必要があると思いますか?」とか、「数学を勉強すると、日常生活に役立つと思いますか?」とかいったアンケートに答えるのである。

「天才!成功する人々の法則』を書いたグラッドウェル氏によると、このアンケートは120項目にも及ぶそうだ。

120項目ものアンケートに答えるのは、けっこう大変な作業らしく、多くの児童生徒たちが最後の方の10~20問を空欄のまま提出するそうだ。

アンケートにどれだけ答えてくれたかは、国によって異なるのだそうだ。

グラッドウェル氏によると、理科、数学のテストの正解率のランキング上位国と、「アンケートにきちんと答えているかどうか」のランキング上位国は、全く一致するそうだ。

テスト自体のランキングは、シンガポール、韓国、台湾、香港、日本の順であり、「アンケートにきちんと答えたランキング」でも、そうなっているというのだ。

数学の力とはまったく関係ない、「アンケートに最後まで答えたかどうか」(もちろん、アンケートにどう答えたかさえも、関係がない)が、数学、理科の成績と一致するなんて聞かされるとびっくりする。

そういえば、私自身にもこんな経験がある。

中学3年生を受け持ったときに、自分が授業に行く生徒たちに「これから毎日、全国の公立高校の過去問から一題ずつプリントにしてあげるから、毎日出し続けよう。全部で60回あるので、60授業日全部出せたらすごいよ」と呼びかけたことがある。

その結果、60日毎回出せた生徒が19人。そのうち、第一希望の高等学校に進学できた生徒が17人。

このとき、私が思ったのは、本当にこのプリントが国語の力を高めて入試の高得点に結びついたのではなく、60回最後までやり通せる生徒が、結局は第一希望の高校に合格したのだ、ということである。

そう考えると、最初に紹介した心理学者の内藤さんが言うこともうなずける。

ただ、「やる気」というよりも、その「やる気」を「習慣化」できる力が勉強には(勉強以外でも)必要だということだろう。なぜなら、「やる気」というものは毎日変わって当然だから。

2011年5月 5日 (木)

136 不幸な人は不幸な人を友達にしたいんだよ~マジック・ジョンソン

やめないといけないと思っている習慣の一つが喫煙。はい、恥ずかしいです。まだ吸っています。マイルドセブン410円になっても・・・。

若いときから吸っているのだけど、よくこんな経験がある。

自分ではやめたいと思っているタバコ。
あるとき、友達が禁煙にチェレンジしていると聞いたとする。
私は正直、心の中で「無理だろ。いつまで続くものやら・・」と思い、心の底では彼が禁煙に失敗することを期待している自分がいるのだ。

そんな自分がとっても恥ずかしいのだけど、マジック・ジョンソンの次の言葉を読んでますます恥ずかしくなった。

マジック・ジョンソンはNBAのかつてのスーパースター。

プロバスケットボールリーグNBAでポイントガードとしてプレーし、1980年代にロサンゼルス・レイカーズを5度優勝する(1980年、1982年、1985年、1987年、1988年)。1991年にHIV感染を理由に引退する。1996年にNBA50周年を記念した「歴代の偉大な50人の選手」に選ばれた。2002年に殿堂入りする。Wikipedia「マジック・ジョンソン」より

彼は次のように述べている。

「お前には無理だよ」という人のいうことを聞いてはいけない。

もし、自分で何かを成し遂げたかったら、

できなかったときに、他人のせいにしないで、自分のせいにしなさい。

多くの人が、僕にも「お前には無理だよ」といった。

彼らは、君に成功してほしくないんだ。

なぜなら、彼らは成功できなかったから。

途中であきらめてしまったから。

だから、君にもその夢をあきらめてほしいんだよ。

不幸な人は不幸な人を友達にしたいんだよ。

決してあきらめては駄目だ。

自分のまわりをエネルギーであふれた、

しっかりした考え方をもっている人で固めなさい。(※1)
(以下省略)

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(※1)『働く理由 ~99の名言に学ぶシゴト論。』戸田 智弘著

2011年5月 2日 (月)

135 長友選手「サッカーの才能はないが、努力する才能だけはある」

長友佑都というサッカー選手がいる。日本代表のサイドバック。2010年ワールドカップでは抜群の運動量を誇り、日本代表が決勝トーナメント進出を果たす原動力になった。

今は世界最高峰のサッカーリーグの一つと称されるイタリア・セリエAの強豪インテルに所属し、活躍中の選手である。

この前の日曜にNHKのニュース番組で長友選手の特集をやっていた。そのとき、長友選手がインタビューで答えたのが、「自分にはサッカーの才能はないが、努力を続ける才能はある」という言葉。
 
彼ほどの選手が、自分にはサッカーの才能はないというのだ。サッカーをやっている多くの人は「長友に才能がないというのなら、オレはいったい何なんだ・・・」と思ってしまうだろう。
 
実はこんな調査結果がある。
 
英国のティーズサイド大学のジム・ゴルビー博士がプロラグビー選手を対象に行った調査だ。

博士によると、一流選手とその他の選手の間に、大きな意識の違いがあったという。
 
一流になればなるほど、選手は「一番大切なのは努力だ」と思い、実際に普通の人の何倍も練習しているのだそうだ。
 
つまり長友選手の言葉は、一流選手にとってみればしごく当然で、驚く内容ではないということだ。
 
私のような中途半端な人間ほど、「結局は才能だ」とか「オレにもっと才能があればなあ」と思ってしまうということなのだろう。

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