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2011年3月

2011年3月29日 (火)

明日から中国に出張に行きます。

4月4日に帰国します。それまでお休みします。

134 3万番目に入ればいいんだ

『3分間日記』というベストセラーを書いた今村暁さんという人が、最近出た本の中に、次のようなことを書いていた(※1)。

世間で一流と言われている大学にはいるためには、全国の同級生達と争って3万人の中に入ればいいのだと。

どういうことかというと、今村さんが言うには、旧帝国大学と言われている国立大学の中でも難関大学の定員を合計すると、だいたい2万人くらいだそうだ。

そしてこれに、私立の早稲田大学とか慶応大学などの私立の有名どころの定員を合計すると、全部でだいたい3万人くらいだそうだ。

一流大学に合格するためには、同級生達と争って3万人の中に入ればいい、と今村さんは毎日のように自分が教えている受験生達に言うそうだ。

「ものは言いよう」というけれど、3万人と聞くと、「なんだか、オレもいけそう」なんていう気がしませんか?
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(※1)『1日3分!天才に変わる方法』

2011年3月27日 (日)

133 他人がしないのは怠慢のせい。自分がやらないのは忙しいから。

『「人を動かす人」になるために知っておくべきこと』(※1)という本の中に、次のようなことが書かれていた。
 

人が時間をかけるのは、要領が悪いから。
自分が時間をかけるのは、丹念にやっているから。
 
人がやらないのは、怠慢だから。
自分がやらないのは、忙しいから。
 
言われていないことを人がやるのは、出しゃばりだから。
言われていないことを自分がやるのは、積極的だから。
 
人がルールを守らないのは、恥知らずだから。
自分がルールをまもらないのは、個性的だから。
 
人が上司に受けがいいのは、おべっか使いだから。
自分が上司に受けがいいのは、協力的だから。
 
人が出世したのは、運が良かったから。
自分が出世したのは、がんばったから。

 
何か、私自身の心の中が見透かされているような恥ずかしさを感じてしまった。本当にそうだなあ。

そういえば、『選択の科学』(※2)という本の中にも、アメリカでiPadが発売されたとき、人々が店先に行列を作って買い求めたことがあった。そのときも、人は「自分はiPadの機能にひかれて買ったけど、他の人は流行だから買っている」と感じているというエピソードが紹介されていた。

自分のことは自分に都合の良いように無意識のうちに考えてしまうところがあることを忘れないでおきたい。
――――――――――――――――――――
(※1)ジョン・C・マクスウェル (著) 渡邉 美樹 (翻訳)
(※2)シーナ・アイエンガー (著) 櫻井 祐子 (翻訳)  

2011年3月26日 (土)

目次 1-100まで

001 ゴキブリは自分のことをダメなやつとは思わない
002 毎日30分だけ机に向かった桑田真澄さん
003 「ほんの小さなこと」から始めよう
004 マシュマロテスト
005 「自分との約束」を守る メジャーリーグ田口壮選手の話
006 屈辱を忘れるために始めたジョギングが日本最強のランナーを育てた。
007 1009回断られても
008 ゆでガエル
009 サルと知恵の輪
010 中三のときに小学校の勉強から始めた鶴太郎さん
011 「昨日の自分」と比較する
012 大舞台になるほど私生活が結果に出る
013 「差」は授業中についている
014 教室でいつまでもグズグズしている生徒は落ちる?
015 勇気の一瞬―線路に散った韓国人留学生がくれた感動
016 何かから逃げて相撲をしても、絶対失敗する(ある相撲部員の話)
017 入試の時、解答用紙に落書きしたらどうなるか
018 テスト前日のおばかな私
019 勇者は凍てつく川に消えた
020 一流選手になった選手は必ずあいさつが上手だった。
021 まず行動せよ、やる気は後からついてくる
022 せっかくの登山を途中でやめてしまう人たち
023 スガシカオさんの100万円の貯金
024 事件があった部屋はすぐに分かる
025 借金地獄からの生還を助けた「睡眠」
026 毎日1円ずつ貯金すると・・・
027 君は3ヶ月の我慢ができるか?
028 『奇跡の夢ノート』石黒さんの分刻みの高校生活
029 年商102億の元ホームレス社長が語る「自信のカケラ」
030 夢を持ってはいけない?
031 「私が身代わりになって死刑を受けます」
032 桜の歩みはお母さんの足
033 「幸せな人生に感謝している」~日航機事故の遺書から
034 ピカソのデッサン
035  「そうか、先輩も苦しいんだ!!」山口良治さんの人生を変えた気づき
036 刑務所の壁が教えてくれたこと~工藤良さんの転機
037 アメリカの大学のカフェテリアで得た転機
038 カレリンと読書
039 もし目が見えていたら刑務所にいたかもしれない
040 柔道日本代表がフランスの柔道会場でしたこと
041 家の手伝いを1000日続けて全国大会優勝
042 イチローが語る「これだけは誰にも負けていない」という練習は・・
043 「反省」と「ざんげ」と「後悔」
044 何でも黄金に変えてしまう黄金石の話
045 中学校時代は補欠だった大野豊投手
046 「A社のパソコンすぐ壊れるんだよね」の恐さ
047 もし夢への努力が報われなかったら
048 続けてよかった~ベンチプレスの進歩
049 部屋が片付く方法教えます
050 大人になった君たちからほめられたい
051 「そうだったんだ!」と気づくこと~パラダイム変換
052 松井秀喜のすごさ~ある若手選手は見た
053 「きっと、もう一度自分を選ぶわ」~アシュリーさんの信じられない言葉
054 人生大逆転の人を集めてみました
055 池間哲郎さんが私たちに一番望むこと
056 桑田投手は高校時代、人知れずトイレ掃除をしていた
057 半年間も船旅をして、当日失格になったゴルフの天才少年
058 不機嫌は甘えん坊
059 戦っていたのは自分だけではなかった~柔道古賀選手の転機
060 この双子、音楽家になったのはどっちと思う?
061 「私は音楽家に向いていますか?」「いいえ、向いていません」
062 宮本武蔵の修行にならって、鈍足から俊足に
063 日韓両国の一流プロ野球選手に共通していること
064 念願のオリンピックに出場した石黒さんが「奇跡の夢ノート」に書いたこと
065 人の言うことを気にしてもしかたがない~海老蔵さんの記者会見から
066 君は「サーカスの象さん」か?それとも・・
067 「片付け力」はプロ意識の表れ
068 地雷が私の脚を奪ったことに感謝します
069 堀内投手が自信を維持した方法は?
070 夏サボる人は・・・
071 本番で集中力を発揮するには
072 思い続ければ叶う 一刻堂さんの話
073 「有名になりたい」より「人を喜ばせたい」 一刻堂さんの話(その2)
074 なぜ彼はゴルフショップを廃業したのか
075 人はみな死刑囚?
076 ソーンダイク・マケスターを知っているか?
077 毎日国語のプリントを出し続けた人の合格率
078 黒柳徹子さんのスクワット
079 中学時代が人生で一番忙しかった~桑田投手
080 クリーブランド大統領が道路工夫をしていたときの話
081 赤ちゃんだって自分が選びたいと思っている
082 小さな世界に閉じこめると、なぜかいじめが始まる~さかなクンの文章から
083 やるか、やらないか
084 孤独に耐える強さは、日々の態度から生まれる
085 イチロー「僕は自分で『行きたい』とせがんだんですよ」
086 バスの中で勉強する選手たち
087 1万時間
088 上場企業の社長さんが「全員」やっていたこと
089 登山中、いくつもの大きな岩が君を襲ってきたら・・・
090 大野豊さんの言葉から~取り組む姿勢(1)
091 島田紳助さんの言葉から~取り組む姿勢(2)
092 資産家ほど・・・
093 1万時間(その2)
094 世の中に「失敗」はない
095 箱根駅伝、過去最高の順位は寮の掃除から
096 塗りつぶし予定表
097 続けるための私の工夫
098 問題集はこう使えば良かったんだ
099 私がチャンピオンになれた理由の一つが読書である。
100 イチローはスポーツ新聞を読まない

132 「万が一の時が来たら」ではなく、「万が一の時は来る」

『アサヒグラフ』誌に次のような記述があった。

600人の被災者が避難先として身を寄せる陸前高田市立第一中学校などで多くの人の話を聞いた。
「あと30秒、家を出るのが遅かったら・・・」「車で逃げるとき、あそこの角を曲がっていなければ・・・」「たまたま高台のほうへ用事があったので・・・」

津波にのみ込まれた人の運が悪かったわけではない。のみ込まれなかった人の運がよかっただけなのだ。(※1)

そして今日の『読売新聞』の社会欄に次のような記事が載っていた。「『山へ』進言 校舎水没も全員無事」「校務員さん ありがとう」「卒業式で児童感謝」という見出しがついている。

このたび卒業式を迎えた岩手県山田町立船越小学校。全児童176人は、当地が巨大津波に襲われながら、全員無事だった。

校舎が津波に襲われなかったわけではない。二階建ての校舎は水没した。

この小学校はもともと標高13メートルの場所に建っており、津波の際の避難先になっていたという。

今回の地震直後も、日頃の避難訓練通り児童たちは校庭に避難した。

しかし、校務員の田代さんが、海面が膨れあがっていることに気づき、校長先生に「山に逃げた方がいい」と進言した。

そして児童たちはさらに40メートル高い裏山に避難して難を逃れることができた。

ある児童(12)は、「田代さんが『山へ逃げろ』と叫んでくれなかったら、みんな死んでいたかもしれない」と語ったという。

先ほどのアサヒグラフの「津波にのみ込まれた人の運が悪かったわけではない。のみ込まれなかった人の運がよかっただけなのだ。」という言葉が実感される。

それともう一つ。海が膨れあがっていることに気づいた田代さんも偉いが、田代さんは父親から「津波が来たら1メートルでも高いところへ」と言われて育ったのだ。田代さんのお父さんは1933年の昭和三陸地震を経験していたのだ。

この記事を読んで私は思った。「万が一の時が来たら」という仮定形で話をするのではなく、「万が一の時は必ず来る」と考えておかなければならない、と。

田代さんのお父さんが今どうなさっているかは、この記事から知ることはできないが、普段から子供に言い聞かせてきたことが、一番大切なときに役立ったと思われていることだろう。私も家族に「万が一の時は必ず来る」と考えて、いろいろなことや家族間のとりきめを話しておこうと思う。

――――――――――――――――――――
(※1)『アサヒグラフ』東北関東大震災 2011.3.30号

2011年3月25日 (金)

131 サッカーだけではダメ

※この記事は『読売新聞2011年2月8日』「SOCCER ウイークリー」というコラム記事を参考に書きました。
――――――――――――――――――――
昨年の夏のワールドカップ南アフリカ大会。日本代表も決勝トーナメント進出を果たした思い出深い大会である。

この大会で3位に入った国を知っているだろうか。それはドイツである。

この大会のドイツの代表チームはチーム総勢23人のうち、半数以上が25歳以下という若いチームだったそうだ。

その中でも大会通算5得点を上げて大会得点王に輝いたフォワードのミュラーという選手は当時まだ20歳だったという。

ドイツ代表チームの若い育成選手たちを指導する総責任者のベルナー・ケルンという人が語った言葉が考えさせられる。

ケルナー氏は、日本に来て、日本のサッカーの試合を見て、こう言った。

「日本で気づいたのが、試合の緊張感のなさ、重圧の克服の仕方、本格的な死闘の経験を、教え込まないとといけない」

これと同時に次のようなことも語った。

「学校に、きちんと通わなければ、生活リズムも乱れ、サッカーも向上しない」と。

ケルン氏は、育成選手たちの学業成績も重要視する。高等学校の学業がおろそかになっている選手は練習参加も禁止にするそうだ。自分たちがいかに恵まれているかを自覚させるために、協力関係にある知的障害者の学校で社会活動をさせることもあるという。

先ほど紹介したミュラーという選手も11歳で育成選手になった後は、自宅から40㎞もはなれた学校に毎日通い続け、優秀な成績を残した。ケルン氏は、「子供には過酷だったが、非常に自律心のある子だった」と語った。

すべきことを自分で考えて、それがきちんとできる。そういう自律心が豊かな選手でないとサッカーをしても大成しないといことだろう。

2011年3月23日 (水)

130 長続きしない人はこの方法を試してみたらどう?

私は元来、ものごとが長続きした試しがなかった。

なんでもそうである。教師になっても、あまりの自分の字の汚さに情けなさを感じ、ペン習字の通信教育を申し込んだのはいいが、一度も添削課題を提出しなかった。もうとっくの昔に会員の有効期限が過ぎている、真新しいままの教材は部屋のどこかに眠っている。

そんな私でもいろいろな試行錯誤の末、この方法が一番続けやすいかな、という方法を今日は紹介する。参考にしたものはいろいろな書籍なのだが、いちいち書籍名を表示しないことをお許し願いたい。

勉強を例にとろう。そろそろ受験生の君たちは「このままじゃあダメだ」と思いながら、今日もまた教科書ひとつ広げずに寝てしまったという人も多いだろう(おい、決め付けるなよ)。

そんな、一日のうちにまったく勉強しないという人に今から言うことを実行してほしい。

今日は1分間だけ、勉強するのである。そう。1分間。だから秒針のついた時計を目の前に置いてほしい。

守ってほしいことがある。絶対に1分間でやめるのである。1分以上勉強してはいけない。1分間なんて、漢字をチョロチョロって、何字か書いたら終わるであろう。今日はそれでいいのだ。とにかく今日スタートした。

で、明日は2分。あさっては3分間と必ず1分ずつ伸ばしていくのだ。これではあんまりだ、という人は2分、4分、6分と増やしていってもよい。

大切なことがもう一つ。例外の日を作らない、ということ。「今日は土曜日だから」、「今日は部活の試合があったから」などという言い訳はつくらない。そのうち、勉強時間が2時間くらいになって、さすがに「もうこれ以上は増やせない」という日があったり、「決めた時間がどうしても作れない」という日もあるだろう。そんなときでも、時間は短くせざるを得なくても、とにかく少しでもやる。

最後の大切なこと。「え?今日は何分やるんだっけ?」とそのうち分からなくなる。それを防ぐために、カレンダーに○印をつけて何分やったかを記入するのだ。これは実際にやってみるとわかるが、カレンダーに○が並ぶと達成感が感じられ、これも続けたくなる効果がある。

この方法はかなり有効で、いろいろなことに使える。私の息子は、これをトレーニングに応用して、12月に始めたのだが、年末年始を含め、今日まで一度も欠かさずに続けている。熱が出たときも、軽くやって寝ていた。君もがんばってみないか?

2011年3月22日 (火)

129 松井秀喜選手が尊敬するジーター選手

デレク・ジーターというメジャーリーグの選手がいる。

Wikipediaには次のように書かれている。

1995年のデビュー以来、現在までニューヨーク・ヤンキース一筋でプレーしており、5回のワールドシリーズ優勝を経験している。現在のMLBを代表するスーパースターであり、「ニューヨークの貴公子」の異名を持つ。(Wikipedia「デレク・ジーター」)

彼は、現アスレチックスの松井秀喜選手が尊敬する選手である。松井選手はジーター選手とニューヨーク・ヤンキースで2009年まで共にプレーをした。ジーター選手はすばらしい数字を残している選手であるが、松井選手は彼には数字で表せないすごさがあるという。

その松井選手が、ジーター選手の振る舞いについて語っていた。(※1)

2004年のシーズン開幕直後、ジータ選手は絶不調に苦しんでいた。32打席ノーヒットが続いていた。松井選手は、32打席ノーヒットというのは、バッターにとって「永遠のどん底」のように感じるとてもつらい日々だっただろうとその心中を推し量る。

しかし、ジーター選手は凡打を放っても全力で1塁ベースへ走り、アウトになった後はベンチに戻って、いつものように仲間に声援を送っていたそうだ。

松井選手は次のように語る。

人間というのは物事がうまく進んでいる時よりも、うまくいかない時の方が本性が出るのではないでしょうか。そういう意味でジーターは、常にヤンキースのリーダーとしてふさわしい態度を示し続けていたと言えます。(※2)

人間はうまくいかない時に本性がでる。心にとめておきたい言葉だ。
――――――――――――――――――――
(※1)『信念を貫く』松井秀喜著(新潮文庫)
(※2)同書

2011年3月21日 (月)

128 定年を目前にして福島原発の支援へ

インターネットの「時事ドットコム」というサイトで、次のような記事を見つけた。以下に、その記事を引用させていただく。

「使命感持って行く」=電力会社社員、福島へ-定年前に自ら志願
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201103/2011031600093

記事を引用させていただく。

「使命感持って行く」=電力会社社員、福島へ-定年前に自ら志願

 福島第1原発の事故で、情報提供の遅れなど東京電力の対応に批判が集まる一方、最悪の事態を避けるため、危険を顧みず作業に当たる同社や協力会社の社員もいる。地方の電力会社に勤務する島根県の男性(59)は、定年を半年後に控えながら、志願して応援のため福島へ向かった。
 会社員の娘(27)によると、男性は約40年にわたり原発の運転に従事し、9月に定年退職する予定だった。事故発生を受け、会社が募集した約20人の応援派遣に応じた。
 男性は13日、「今の対応で原発の未来が変わる。使命感を持って行きたい」と家族に告げ、志願したことを明かした。話を聞いた娘は、家ではあまり話さず、頼りなく感じることもある父を誇りに思い、涙が出そうになったという。
 東京電力側の受け入れ体制が整った15日朝、男性は自宅をたった。特別なことにしたくないと考えた娘は見送りはせず、普段通りに出勤した。「最初は行ってほしくなかったが、もし何かあっても、自分で決めたことなら悔いはないと思った」と話し、無事の帰宅を祈る。
 男性の妻(58)は「彼は18歳の時からずっと原発の運転をしてきた。一番安全なものをやっているという自信があったんだと思う」と話す。出発を見送り、「現地の人に安心を与えるために、頑張ってきて」と声を掛けたという。(2011/03/16-05:16)

こうやって、僕たちが普通に暮らしている間も、このお父さんをはじめ多くの方が必死に戦っていらっしゃるのだなあ。

人の本当の強さは、いざというときに示される。私もこのお父さんのようになれるだろうか?

2011年3月20日 (日)

127 「災害の中の素晴らしき名言集」

youtubeで、次のような動画を見つけた。題して「災害の中の素晴らしき名言集」。

特に最後のおじいさんの笑顔と「また再建しましょう」という言葉。

昔、学生時代に読んだ本に次のようなことが書かれていた。

本当の強者は、普段は映画やドラマの主人公のように、「いかにも私がヒーローです」という外見はしていない。本当に平凡なおじちゃん、おばちゃん、おにいちゃん、おねえちゃんである。

しかし、いざというとき、本当に大変なときに、ヒーローになるのである、と。

2011年3月 7日 (月)

126 藤川球児選手は自分からあいさつする

藤川球児選手を知っているか?阪神タイガースの抑えのエースである。豪腕で鳴らし、WBC日本代表にも選ばれた日本を代表する投手の一人である。

藤川選手は、若い選手達に「あいさつはちゃんとした方がいいよ」と指導しているという。藤川選手は、あいさつしようと呼びかけたからには、自分も「あいさつしてもらえる人間」でいなければならないと思っている。だから、もし、相手があいさつしなかったら、こちらからするようにしているという。

僕はロッカーでも自分から「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」と言って回っている。(※2)

このようなことを続ければ、そのうちあいさつだけではなく、「調子はどう?」などといった一言も言えるようになるという。そして、その積み重ねがチームワークにつながっているのだという。

藤川選手ほどの一流選手でさえ、自分からあいさつすることを心がけている。以前私は「020 一流選手になった選手は必ずあいさつが上手だった。」という記事を書いたけど、それと通じる話だなあと思った。

――――――――――――――――――――
(※1)『未熟者』(藤川球児著 ベースボール・マガジン社新書)
(※2)同書

2011年3月 5日 (土)

125 過去はない。未来もない。

本校の卒業式も来週に迫ってきた。よく卒業式に発行される学校新聞に掲載される「卒業する生徒に向けてのメッセージ」の原稿依頼がくる。

そのとき、私がよく紹介する言葉が、田坂広志さん(※1)という人の次の言葉(詩?)。
 

過去はない。
未来もない。
あるのは、永遠に続く、いまだけだ。
いまを生きよ。
いまを生き切れ。(※2)

上の詩を読んで「そうだよなあ」と思いませんか?

未来っていうけど、結局は、今、今、今、今、今、っていうかんじでずっと続いていくんだよなあ。

私は名言を集めるのが好きで、ネットで集めたり本の中で集めたりしているのだが、「今」に関する名言を紹介してみる。

今、がんばれないヤツは、一生がんばれない。 (吉野敬介氏・人気予備校講師)
悩みを克服する最良の方法は今日を精一杯生きること。(デール・カーネギー)
あなたは一年後、今日始めなかったことを後悔しているかもしれない。(カレン・ラム・俳優)
明日からがんばるんじゃない。今日をがんばり始めた者にのみ明日がくるんだよ! (マンガ『賭博破壊録カイジ』のセリフから)
人生は長距離レースではない。本当は短距離レースがいくつも連続しているのだ。(『「戦う自分」をつくる13の成功戦略』 ジョン・C. マクスウェル著)
未来は、明日ではなく今日やっていることで作られる。(ロバート・キヨサキ『金持ち父さん 貧乏父さん』の作者)
――――――――――――――――――――

(※1)多摩大学大学院教授
(※2)『なぜ、時間を生かせないのか―かけがえのない「人生の時間」に処する十の心得』(田坂広志著)

2011年3月 4日 (金)

駄文を読んでいただきありがとうございました。

T中のS先生、M小のH先生、O中のK先生、K小のK先生、F小のT先生(こんな書き方しかできずにすみません)、研修会で私の駄文を読んでいただき、さらに、ほめていただき本当に感激しました。

先生たちのおかげで、なんだかこのブログを続ける勇気が出てきました。

やはり、認めてもらったりほめてもらったりするのは、とてもうれしいものです。

毎日、というのは無理かもしれませんが、365本の目標は達成したいと思います。これからもよろしくお願いします。

124 素敵なファインプレー

正確な出典が書けずに申し訳ないです。数ヶ月前の読売新聞で紹介されていた、あるお母さんの手記を思い出しながらこの記事を書いています。タイトルはたしか、「私を救った一言」だったような・・・。


ある若いお母さんがいた。

お母さんは小さな子どもを抱いて、道路脇に立っていた。

お母さんはこの小さな子どもと共に命を断つことを考えていた。小さな子どもは生まれつき体が不自由で、お母さんは子どもの将来を悲観して心中しようと考えていたのだ。

お母さんは、子どもを抱いて、車の流れに飛び込むタイミングをはかっていた。

そのとき、会社帰りの若いサラリーマンが、このお母さんの脇を通り過ぎるとき、お母さんに抱かれている小さな子を見てこうつぶやいた。

「おっ、かわいいやん」

それを聞いたお母さんは、「うちの子は、他の人から見ても、かわいいんだ」と自分の子どもを改めて見つめ直した。

そして、お母さんは心中を思いとどまったそうである。

私はこの話を読んで、「かわいいやん」とつぶやいたこのサラリーマンは、本当にすばらしいなあと感じた。このつぶやきが、二人の尊い命を救ったのである。ほんとに素敵なファインプレーである。

このサラリーマンは、自分が二人の命を救ったことなど全く知らずに、今もどこかで過ごしていることだろう。

「かわいい」と思ったことを、そのままほめてあげることのできるこのサラリーマンを私も見習いたい。私はどうも、人をほめるのをちょっと躊躇することが多い。思ってもいないことを言うことはできないが、「すばらしい」と感じたことは素直に口に出せるようになれたらなあと考えている。

2011年3月 3日 (木)

123 君には嫌いな人がいるか?

私には息子と娘がいる。

私自身が自分の性格を振り返って、「嫌だなあ」と自覚している部分が、息子や娘の言動に表れたときって、すごく腹が立つものである。そういうときは、つい感情的に子どもたちをしかってしまい、また自己嫌悪に陥ってしまうものである。

君には嫌いな人、どうも気にくわない人というのがいないだろうか?

私にも嫌いになった人、嫌いなタイプの人はもちろんいる(いた)。

でも、冷静に考えると、さっき書いた子どもたちの例と同じように、嫌いな人というのは、自分自身と少しに似たところがあるのではないだろうか。

藤原和博さんという人がいる。東京都で初めて民間人の校長として有名になった人である。「よのなか科」という教科を考え出し、テレビで紹介されることも多い。

藤原さんが、かつて大嫌いになった人の中に、こんな人がいたそうだ。

その人はエリート官僚で、仕事もできるのだが、年上の部下をアゴで使い、仕事場の自分の机の周りに美術品を並べているような、藤原さん曰く、「田舎のシティーボーイが虚勢を張っている」ような人だった。

その人を大嫌いになった藤原さんは考えた。その人の虚栄心が鼻につくのは、自分自身に虚栄心が潜んでいるからではないかと。そしてこう語る。

つまり、嫌いなやつに見ているのは、嫌いな自分自身のかけらだということ。
だとすると、悪口を言えば言うほど、自分自身をあちこちに見ていることにもなる。自分の分身が、あちらにもこちらにもいる。こう考えると、関心がないというよりよっぽどましで、そいつに少しは愛情がもてる。(※1)

そうかあ。そう考えればいいのかあ。

私は正直言って、嫌いになった人の中には、「本当はあの人のように振る舞いたいし、あの人のような結果を出したいけど、自分にはそういう力がない」と思って、その人のことが嫌いになったこともけっこうある。

藤原さんが教えてくれたように考えてみようか。

――――――――――――――――――――

(※1)『味方をふやす技術』(ちくま文庫)

2011年3月 1日 (火)

122 身近な人の笑顔

自分自身を振り返ってみて思うことだが、私が愚痴をこぼしたくなったり、人の悪口を言いたくなったときというのは、だいたい自分自身が何かと不調で、おもしろくないときである。
 
ミステリー作家の森博嗣さんは、「人間は本来群れをなす本能があるから、自分に身近な人が笑っていれば、自然に自分も笑顔になるだろう」と語り、次のように述べる。
 

もし、他人の笑顔で腹が立つという人間がいるとしたら、その人はそもそも自分自身に不満を抱えている。自分が自分に楽しめないから、人が楽しんでいるのを見るとますます不満が高じる。実は自分に腹を立てているのに、自分以外のところに原因や責任を求めてしまうのは、自分の中では原因や責任を処理できないからだ。(※1)

本当にそうである。他人の楽しそうな顔を見て、自分がうれしくなるかどうかを、自分自身の心の状態を表すバロメーターとしたい。

――――――――――――――――――――
(※1)『自分探しと楽しさについて』 (集英社新書)

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