« 072 思い続ければ叶う 一刻堂さんの話 | トップページ | 074 なぜ彼はゴルフショップを廃業したのか »

2010年12月18日 (土)

073「有名になりたい」より「人を喜ばせたい」 一刻堂さんの話(その2)

※この記事は『婦人公論』「いっこく堂 すべては夢を叶えるための回り道だった」2001年1月22日号 を元に書きました。

一刻堂さんは最初から腹話術師になろうと思っていたわけではない。最初は役者になりたくて、19歳のときに故郷の沖縄から上京してきた。

しばらくは得意のものまねと司会で営業していたが、「自分はいったい何をやっているのだろう」と思い、初心の役者になりたいという夢に立ち返り、22歳の時に劇団に入った。

その劇団で30歳近くまで活動を続けていたのだが、あるとき、米倉 斉加年さん(国語の教科書に出てきた『おとなになれなかった弟たちに…』の作者)に、「君は劇団の中でやっていくより、一人で芸をやっている方がいきいきしているなあ」と言われたことがきっかけで、「自分が一人でできる芸は何だろうか?」と考えるようになった。

そこで思い出したのが、中学生の時に見た腹話術。腹話術だったら施設を回って人に喜んでもらえると考えた。

図書館で『だれにでもできる腹話術』という本を借りて、鏡の前で練習を重ねた。

しかし、あるとき特別養護老人ホームに慰問にいったとき、そこの女性スタッフから「あんた、あがっていたわね」と言われて、ショックを受けた。素人芸では人は喜んでくれないんだ・・・。

これがきっかけで腹話術師としてプロになろうと決意した。

でも、従来の腹話術と同じものはしたくなかった。腹話術の常識を破りたかった。これまでは腹話術では「破裂音」(パ行、バ行、マ行)は腹話術では出せないと言われてきた。

この常識を打ち破るために、一刻堂さんは「丸一年間は、毎日8時間練習を続ける」と決意した。
そして、熱が出ようが何があろうがやり遂げた。そして2年後、破裂音をマスターしたのだった。

この2年間を支えたものは何だったのだろうか。一刻堂さんは次のように話す。

いまにして思えば、腹話術に出会うまで何をしてもうまくいかなかったのは、「有名になりたい」という気持ちが足を引っ張っていたんですよね。(※1)

一刻堂さんは、以前ものまねをやっていたときは、「有名になりたい」という気持ちでやっていたから、心の片隅に何か「自分は汚いなあ」とブレーキをかけるものがあったそうだ。

でも、腹話術はただ人に喜んでもらいたくて始めたから、そのブレーキはない。だからどんどん前に進んでいくことができた。(※2)

僕たちも、何か自分の夢があったとき、それが人を喜ばせたり、人を幸せにすることにつながるものだと、すごいパワーが得られるのだろうなあと思う。
――――――――――――――――――――
(※1)『婦人公論』「いっこく堂 すべては夢を叶えるための回り道だった」2001年1月22日号
(※2) 同書

« 072 思い続ければ叶う 一刻堂さんの話 | トップページ | 074 なぜ彼はゴルフショップを廃業したのか »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1419883/38124512

この記事へのトラックバック一覧です: 073「有名になりたい」より「人を喜ばせたい」 一刻堂さんの話(その2):

« 072 思い続ければ叶う 一刻堂さんの話 | トップページ | 074 なぜ彼はゴルフショップを廃業したのか »

無料ブログはココログ