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2010年12月 7日 (火)

062 宮本武蔵の修行にならって、鈍足から俊足に

君たちは権藤博というプロ野球選手のことは、おそらく知らないだろうなあ。

なにしろ中日に入団したのが1961年のことだ。入団1年目から主力投手として活躍し、新人ながら年間試合数130試合のうち、半分以上の69試合に登板した。そして35勝を挙げた。翌年も30勝を挙げる活躍をみせたが、やはり無理がたたり、その後はあまり目立った活躍はできなかった。

現役引退後はコーチとして実力を発揮し、監督になった1998年には横浜ベイスターズをリーグ優勝、そして日本一に導いた。

この権藤さんが『教えない教え』(集英社新書)という著書の中で、おもしろいことを書いていた。

権藤さんは、子どもの頃は脚が遅かったのだという。だから運動会でも徒競走が苦手で、鈍足にもチャンスがある障害走の方が好きだったらしい。

高校卒業後、社会人野球をしている中で、権藤さんは「プロの選手になりたい」と強く思うようになった。

そのためにハードなトレーニングをする必要性を感じていたのだが、いきなり始めるのはつらいものである。

そこで、権藤さんは「今日は腕立て1回、腹筋1回、ダッシュも1本」、明日は「腕立て2回、腹筋2回、ダッシュも2本」というように、毎日一つずつ本数や回数を増やしていくことにしたそうだ。社会人2年目の元旦がそのスタートの日だった。

これは、権藤さんが読んだ『宮本武蔵』(吉川英治著)の中に出てくる武蔵の修行を取り入れたものだそうだ。

武蔵は麻の種を庭に植え、芽が出ると、その芽をジャンプして跳び越える鍛錬をしたそうだ。麻の成長につれて、その上を跳び越える力が自然に養われる。

権藤さんの方法も1ヶ月もすれば30回になり、そうとうしんどくなる。つらくなったときは、権藤さんは少しだけ日付を戻して回数を減らすことはあったけど、「何もしない日」は作らなかった。

するとおもしろいもので、鈍足の権藤さんが、今まで負けていたチーム内の選手に勝つようになる。どんどんトレーニングがおもしろくなる。やがてチームトップクラスの俊足になる。

その後入団した中日ドラゴンズの中でもピカイチの俊足になったそうだ。

権藤さんはこう語る。

すべては社会人野球時代の「麻の芽作戦」のおかげである。三日坊主にならず、地道な努力を続けていくことが、大願を成就させる上で最も大切なことである。(同書p68)

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