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2010年12月 5日 (日)

060 この双子、音楽家になったのはどっちと思う?

自分のことを書いて恐縮です。
私は陸上競技の砲丸投げを長年やっていたが、長続きしたきっかけは砲丸投げの練習に取り組んで、1ヶ月ぐらい後に市の大会に出たことにある。

その大会では、参加人数も少ないこともあって、優勝できた。「こんな自分でも1位になって賞状がもらえるんだ」と当時は感激した。すごくうれしかった。昭和の日付が入り、黄ばんだ賞状は今でももっている。賞状をもらってから、がぜん練習にも熱が入るようになった。

自分を振り返ってみると、本当に砲丸投げが好きだったのか、と考えると自信がない。だって種目自体すごく地味なスポーツである。練習も単調である。自分が賞状をもらって、喜びや自信を得て、「好きになった」というのが本当のところだと思う。

今から述べるお話はジュディス・リッチ・ハリスという心理学者の調査によってわかったことである。

あるところに、双子がいた。この双子は、乳児期にそれぞれ別の家に養子としてもらわれた。

そして、大人になった二人を比較すると、一人はプロのピアニストになり、もう一人は音符さえも読めない、いわば普通の人になっていた。

この双子の二人がどんな環境の家で育ったかというと、一人はあるピアノ教師の家で育ち、もう一人は音楽に全く関係ない家で育った。

こう聞かされると、ピアノ教師の家で育った方がプロのピアニストになったと考えるだろう。私もそう思った。

しかし、事実は逆だった。音楽に全く関係のない家に育った方が、プロのピアニストになったのである。

この二人は一卵性双生児である。だから、どちらか一方がプロのピアニストにまでなったので、もう一人の方も、音楽の素質はかなりあったと考えられる。

音楽に全く関係ない家に育った子どもの方は、たとえば幼稚園でたまたまピアノを弾いたりしたときに、ほかの子どもたちよりもうまく弾けて、ほめられた経験があったのかもしれない。それでピアノが大好きになって、プロのピアニストになったのだろう。

それに対して、ピアノ教師の家に育った子どもの方は、ちょっとぐらいピアノがうまくても人は驚かない。目立たない。そんなにほめてくれないかもしれない。小さい頃一緒にいる子どもたちの中にも、親同士のつきあいからいって、音楽関係者の子どもが多かったことも推測できる。「私はピアノに向いていない」と考えても無理はない。

私はこの話から二つのことを考えた。

まず、人は周囲から認められるということがどれだけ大きいかということ。

もう一つは、将来の仕事を選択するときに、「好きなこと」で選ぶべきか、それとも「できること・得意なこと」で選ぶべきかという議論があるが、結局はこの二つはほとんど重なってくるのではないかということだ。

※このお話は『残酷な世界で生き延びるたった一つの方法』(橘玲 著 幻冬舎)のp101-102の内容を元に書きました。

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