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2010年12月 4日 (土)

059 戦っていたのは自分だけではなかった~柔道古賀選手の転機

柔道の古賀稔彦選手って、君たちは知らないだろう。きっとお家の人は知っていらっしゃるから聞いてごらん。

とくかく強い選手で、背負い投げが得意で、国際大会などのトップレベルの大会ではあまり背負い投げは決まらないのだが、この古賀という選手はバッタバッタと強豪選手を上から投げる、それは強い選手だった。

この古賀選手が金メダルの期待を背負ってソウルオリンピック(1988年)に出場したときの話である。

古賀選手は優勝候補の筆頭に上げられながらも、3回戦敗退、敗者復活戦にも出られず、メダルなしに終わってしまう。

古賀選手にとってショックだったのは、今、日本に帰ってきて空港に降り立ったのに、誰もいないことだった。

ソウルに旅立つときには、あんなにたくさんのファンや報道関係者が空港に駆けつけてきたのに。

鬱屈(うっくつ)した古賀選手は、ほとんど外出もせず、自宅で「半引きこもり状態」の生活を送っていた。

そんな中、ぼ~っと見ていたテレビが、「ソウルオリンピック特集」を始めた。

この番組で古賀選手は人生の転機となるシーンを見た。そのときの気持ちを古賀選手はこう振り返る。

ソウル五輪の柔道会場で私がテナーゼ選手に負けた瞬間、観客席の両親が映った。そのとき、両親はまわりの人たちに謝るように頭を下げていたのだ。2人の気持ちを思うと胸のつぶれる思いがした。戦っていたのは私だけではない。両親も観客席で私と同じように闘っていたのだ。しかし、こんな親の姿は二度と見たくなかった。周りの人たちに祝福され、喜んでいる姿を見たい。(『古賀稔彦 世界を獲った男、その生き方』東京学参)

自分はなんという思い上がった愚かな人間だったのだろう。自分は一人で強くなったと思っていた。両親をはじめ、自分を支え続け、応援してくれた人たちのことを忘れていた。古賀選手はそう思った。

この時の両親の姿を転機に変えた古賀選手は、4年後のバルセロナオリンピックでは見事に金メダルを獲得します。

*この記事はブログ記事『~ 柔道家 古賀 稔彦さんの講演会 ~』(http://ameblo.jp/rocknrolldamasiijyarou/entry-10514660641.html)と『スポーツ心理学者が教える「働く意味」の見つけ方』(杉浦健 著 近代セールス社)を参考に書きました。

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