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2010年11月14日 (日)

039 もし目が見えていたら刑務所にいたかもしれない

新垣勉さんというテノール歌手がいる。新垣さんには、私や君たちが普通に持っている大きな二つのものがない。

それは、「家族」と「視力」。

視力をなくしたのは生後すぐ。助産婦さんから家畜を洗う劇薬を点眼されるという医療ミスによって失明。

お父さんは、沖縄に駐留していたメキシコ系アメリカ人の軍兵。新垣さんが1歳のとき、離婚してアメリカに帰ってしまった。

新垣さんの母親は再婚するために、勉さんを祖母に預け、家を出た。視力障害者の子どもがいては再婚しにくいと考えて、母のことは「年の離れた姉」だということになった。そして、勉さんは「祖母」のことを「母親」と思いこんで育ってきた。

祖母は優しい人だった。歌が好きな人だったので、勉さんも自然に歌を覚えていった。

あるとき、勉さんは自分の生い立ちと、自分の目のことについて、本当のことを知るようになる。勉さんは次のように語る。

母を殺したい。 父を捜し出して殺したい。 そして自分も死ぬ。 自分の生い立ちを知ったときから、 恨みと憎しみが強くなったのです。(『ひとつのいのち、ささえることば』新垣勉 マガジンハウス)

中二のときには、優しかった祖母も亡くなる。

その祖母が死に、私は天涯孤独となりました。 なんのために生きているのか。 私は生きる価値があるのか。 井戸に飛び込もうとして、友達に見つかってしまいました。(同書)

絶望の淵にあった勉さんの最初の転機は、城間さんという牧師との出逢い。勉さんは城間さんに両親への恨みをぶつけた。そのときのことを勉さんはこう語る。

私のような人間に、泣いてくれる人がいる。 私の心は震えました。(同書)

城間さんとの出逢いによって、勉さんは牧師を目指すようになる。大学にも通った。

聖歌隊に入って声楽を学んだ勉さんは、もっと本格的に音大で声楽に取り組みたいと考えた。そして、世界的なボイストレーナーのオーディションを受ける。これが勉さんの二番目の転機になる。

ボイストレーナーのアンドレア・バランドー二先生が、この私の声を、「父からの贈り物だ」と言ってくださいました。そのとき、父への恨みが、溶けていくような気がしました。(同書)

武蔵野音大の3年生のときに、勉さんは狭心症に襲われる。命の危機を脱した勉さんは、「私というものを生んでくれた母に感謝し、母を心の底から許すことができました」と語る。

そして今、勉さんは「神様は私から光を奪ったけれど、声をプレゼントしてくださいました」と話す。

それだけではない。「僕が目が見えていたら、父や助産婦さんを捜し出して殺して、今頃ぼくはひょっとして刑務所の中にいて、一生出てこれなかったかもしれない」とも語っている。

勉さんの今のこれらの言葉から伝わるのは感謝の気持ちである。「殺したい」という憎悪が「感謝」に変わることがあるのだ。

「憎しみ」を「感謝」に変えてくれたものは、「出逢い」であると私は思う。出逢いにはこれほどまでに大きな力があるのだと改めて思う。


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