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2010年11月 3日 (水)

028 『奇跡の夢ノート』石黒さんの分刻みの高校生活

『奇跡の夢ノート』という本で、石黒さんのことを初めて知った。北京オリンピックシンクロ日本代表になった人である。石黒さんのことを伝えた朝日新聞の記事はこちら(「顔面540針、後遺症抱えても笑顔の舞 シンクロ石黒」)をご覧ください。

事故に遭ったのは名古屋市内の小学2年だった91年10月3日。止まっていた母和美さん(52)の車に、暴走車が突っ込んできた。「由美子は血が流れて気を失った。救急車も受け入れ先をすぐ見つけられず、どうなることかと思った」と和美さん。石黒は手足を骨折し、顔面を540針縫った。

リハビリを兼ねて翌92年にシンクロを始めた。女優宮沢りえさん主演のシンクロのドラマを繰り返し見た。アキレス腱(けん)を切ってバレリーナの夢を断念し、シンクロに懸命に励む主人公の姿に自分を重ねた。

顔面まひ、網膜剥離(はくり)、難聴……。みんなのように体が動かないので、離れたところでぽつんと練習していた。
母にも忘れられない思いがある。娘の小学校に授業参観に訪れた時だ。
「おーい、フランケン」

娘をこう呼んだ同級生に詰め寄ろうと思った瞬間、「なーに」と娘は明るく答えた。「本当に強くて明るくて素直な子。事故の恨み言も一切言わない。元気なのが救いだった」と母は振り返る。石黒は壮行会など人前に出る時は、今も笑みを絶やさない。 (上記「朝日新聞」のサイトから引用)

『奇跡の夢ノート』の中には、君たちに読んでほしいことがいくつも書かれている。今日は、大学進学を目指していた高校生活の一端が書かれている部分を紹介する。石黒さんが目指していた大学の推薦基準は通知表の評定の平均が「4.3」以上というものだった。

さすがに学校の授業を真面目に聞いているだけで、それ(通知表平均4.3以上)を実現するのは難しいと考え、家での勉強を始めたのである。

高校時代は新聞配達のアルバイトもしていたので、勉強時間を確保するため、私のスケジュールは分刻みだった。

学校が終わった足でシンクロに通い、夕方5時から8時まで練習し、9時ごろ帰宅。食事後、部屋で腹筋、背筋、腕立て伏せなどの陸上トレーニングをし、そのまま机に向かうのは体力的にきついので、お風呂に入って11時ごろに一度寝て、夜中の3時に起きて授業の予習・復習。明るくなる前に自分の新聞を自転車で配ってまわり、7時半には高校に向かうという繰り返し。土日は1日10時間、シンクロの練習漬け。夏休みは朝5時からスイミングスクールで水泳の自主練習もした。(『奇跡の夢ノート』石黒 由美子 NHK出版)

睡眠時間4時間である。今自分がハードな生活をしていると思っていても、石黒さんのこの分刻みのスケジュールを見ると、自分のやっていることなんかたいしたことないと思えてくる。

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» 『奇跡の夢ノート』 石黒由美子・著 | 瀕死の重傷を克服、シンクロ五輪代表へ [23:30の雑記帳]
北京オリンピック・シンクロナイズドスイミング 日本代表、石黒由美子さんの自伝。 タイトルを見て、てっきり自己啓発系の 本かと思ったら全然違っていました。 たしかに「夢ノートのおかげで オリンピック出場を果たした」 という内容に間違いはありません。 ...... [続きを読む]

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