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2010年10月

2010年10月31日 (日)

025 借金地獄からの生還を助けた「睡眠」

先日、生活ノートにこのクラスの生徒が次のようなことを書いていた。

「帰って勉強をしようと思いましたが、寝てしまいました。なのでまず寝て、起きてから4時間(勉強を)しました。」

とても良いことである。眠たいのに、がまんして勉強をするのは、効果がないだけでなく、翌日の授業にもさしつかえるし、かえってマイナスである。
 
ここ数年、脳の研究の成果が、いろいろと本になったり、テレビ番組でも取り上げられてたりしている。

私も本を読んだりしてみたのだが、どうやら睡眠というものは、人間の本能としての休息という意味とは別に、もう一つの重要な働きがあるらしい。

それは、寝ている間に、人間は頭の中で情報を整理し直したり、マイナスの気持ちをプラスに変えている、ということである。

君たちもこれから先の人生で経験するだろうが、例えばどうしても解けなかった数学の問題が、一晩寝て、もう一度取り組んでみるとあっさり解けたということも多くの人が体験する。また、歴史に名を残す大発見の中には、寝たときみた「夢」がきっかけになっているものも多い。

また、金森重樹さんという、25歳の時に1億円の借金をしてしまい、利息24%という借金生活から「生還」した人が、本の中で語っていたのだが、どうにもこうにもならなくなったときの一番の解決策は「寝ること」であるそうだ。どんなにマイナスの感情に心の中が支配されても、寝ると必ず気持ちが前向きになるのだそうだ。

このような働きがある睡眠時間を削るのは損である。テスト前に睡眠時間が短くなるのは仕方ないかもしれないが、起きている時間を有効に使う工夫もこれからは必要である。

2010年10月30日 (土)

024 事件があった部屋はすぐに分かる

『夢をかなえる「そうじ力」』(舛田光洋著)という本の中で紹介されていたことから、生徒への次のような話を考えた。

ワイドショーなどで芸能レポーターが、よく痛ましい事件があったときに、その事件があった家などを訪れて取材することがよくあるよね。

ある芸能レポーターが言ってたけど、取材のために現地を訪れて、あるマンションの下まで来ると、どの部屋で事件があったのかは知らされてなくても、下から見て「あの部屋だな」ってめぼしがつくんだって。

事件があった部屋がわかるのはなぜだと思う?

その芸能レポーターが言うには、事件が起こった部屋のマンションのベランダを見ればすぐ分かるんだって。ベランダがすごく散らかっているんだって。

う~ん・・・。この教室、このままでいいのだろうか・・・?

2010年10月29日 (金)

023 スガシカオさんの100万円の貯金

情熱大陸という番組でスガシカオさんというミュージシャンが語ったという話。

自分がしたいことが見つからないという若者に、スガシカオさんはこうアドバイスした。

「自分がやりたいことが見つからない人は、とりあえずお金をためなさい」と。

スガシカオさんは、サラリーマン時代100万円ためた。そして、ミュージシャンになりたいと真剣に考え、仕事をやめた。その100万円の中で60万円ほど機材購入に当てた。そして、残りの40万円で食いつないだ。そのおかげで1年間ほど音楽の創作活動ができた。100万円貯金していたからそれができた。

「『いざやろう』といっても貯金がなければなんにもできないから」とスガシカオさんは語った。

これから先、大きな夢がある人は覚えておきたい言葉だ。

これから、コジツケのような話します。
これは今の君たちにも当てはまるのでは、と思った。

もちろん、お金をためるのではなく、「学校ですべきこと」を積み重ねるのである。もちろん、勉強。そして部活やそうじ、また、きまりを守ること。

今は、自分が将来なりたいものがないかもしれない。また、これから進学したい高等学校が見つかってないのかもしれない。だけど、この先それが見つかったときに、「貯金」がある人はそれに向かって努力できる。でも「貯金」がない人、つまり不本意な学校生活を送っていた人は、自分がなりたいものや進学したいところができても、その実現は非常に困難になるからだ。

2010年10月28日 (木)

022 せっかくの登山を途中でやめてしまう人たち

『「戦う自分」をつくる13の成功戦略』(ジョン・C・マクスウェル著)という本の中に、スイスのグループ・ハイキングのガイドから聞いた話が紹介されている。

(その)ハイキングでは普通、山を登る途中の休憩所で昼食をとり、最後のきつい登りに備えて休憩をとる。ここで、頂上まで登らずに暖かく快適な休憩所に残ると言い出す人が必ず出てくるというのだ。

彼らは、他の人たちが出発した後は、嬉々としておしゃべりを楽しむ。まるでパーティーだ。ところが、日が西に傾く頃になると、窓から頂上を見上げる人が多くなる。

そして、登頂組が戻ってくるまで、みな黙り込んでしまうのだ。なぜなら、自分がせっかくの機会を逃してしまったことに気づくからだ。

ほとんどの人は、スイスを再び訪れることはない。頂上に立つ機会はもう二度とめぐってこない。一生に一度のチャンスを逃してしまったのだ。(『「戦う自分」をつくる13の成功戦略』 ジョン・C・マクスウェル 三笠書房)

この話からぜひ考えてほしいことがある。

「君たちが登ろうとしている山」あるいは、「君たちがあきらめようとしている山」は何だろうかということだ。

それは高校受験という山かもしれない。もっと大きく言えば「人生」という山かもしれない。

私たちは一緒にあきらめてくれる友達がいると心強く(?)なる。

吉野敬介という人がいる。

元暴走族で、後に一念発起して大学受験にチャレンジし、人気予備校講師になったという人だ。彼が、昔の暴走族仲間に、こう聞かれることがあったそうだ。

「おまえよく大学に受かったな、何で受かったんだ?」

その時、吉野さんは次のように答えたそうである。

「オレは、おまえらが遊んでいるときに、めちゃくちゃ勉強した、ただそれだけだ」と。

2010年10月27日 (水)

021 まず行動せよ、やる気は後からついてくる

私事で恐縮だが、私は長年かかって、やっと自分にとって最適の起床時間を見つけた。

4時45分である。

この最適な起床時間が分かる前は、いろいろ早起きを試してみた。4時に起きれば人生が変わる、などと書いてある本や、2時に起きれば夢がかなう(もやは朝ではない)という本も読んで、実行してみた。

確かに4時に起きれば、その日の仕事ははかどる。でも、夕方になると疲れが出て、結局長続きしない。

そこで4時45分になった。なぜ45分かというと、5時までの15分間で布団から抜け出し、コーヒーをいれるお湯を沸かし、パソコンの電源を入れる。そして、早起きしたご褒美に、アイスクリームを食べるのである。

そして5時から6時までの1時間を仕事や好きなことをして過ごし、それから出勤準備をするのである。

前置きが長くなったが、『継続はだれも裏切らない』(内藤誼人)の次の一節を紹介する。

ステイーヴ・チャンドラーの『なりたかった自分になるのに遅すぎることはない』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)という本を読んでいたら、次のような対話が載っていた。

「どうすれば、やる気が出ますか?」
「売ることです」
「だから、その売るためのエネルギーが出ないんですよ」
「すぐにセールスに出かけることです。やる気は後からついてくるんです」

また同書には、次のような例も挙げられていた。
「朝、走ろうと思っているのですが、やる気が出ません」
「朝、走ればいいのです」
「でも、走りたくないんです」
「それはまだ走っていないからです。もし走れば、すぐに走りたくなってきます」

結局、この二例が示しているのは、「まず行動しなさい」ということである。頭の中で、あれこれと思い悩むよりも先に、身体を動かしてしまえ、というアドバイスである。

普通、私たちは、「やる気」 が先にあって、そこから 「行動」 が引き出されるものだと思っている。

たしかに、それはそうなのだが、「行動」 を先にやってしまうと、それによって 「やる気」 が引き出されるということもあるのである。感情というものは、行動の後に引っ張られるようにして出てくることもあるからだ。(『継続はだれも裏切らない』内藤誼人 PHP出版 p127-128)


君たちなら、「勉強する気が起こらなければ勉強すればいい」ということになる。

全くそうである。勉強なんて、始めるまでが一番大変なのだ。

ということは、そのつらさを快楽に変えれば、どんどん勉強できることになる。

最初に私が書いたように、おやつかアイスを持って、机に着くようにすればどう?

2010年10月26日 (火)

020 一流選手になった選手は必ずあいさつが上手だった。

高橋尚子さんというマラソンランナーを知っているよね?君たちが幼稚園や保育園に通っているころ、シドニーオリンピックの女子マラソンで金メダルを取った人です。その次の年のベルリンマラソンでは、当時の世界最高記録を樹立しました。

さて、高橋選手はなぜこんなに強くなったのでしょうか?

答は「あいさつ」がきちんとできるからです。
 
意外な答ですが、高橋選手を指導していた小出監督も、「素直にあいさつができる。そんな選手でないと強くなりません。」と言っています。
 
実は、あいさつがスポーツマンの競技力にとっても大事だということは、他の人も言っています。
 
すでに亡くなった人ですが、長沼健さんという人がいます。日本サッカー協会会長を務め、日本が初めてワールドカップの出場を達成する基礎を築いた人です。

その長沼さんがこういっています。

「一流のサッカー選手は必ずあいさつが上手だ。」

ある人がこう尋ねました。

「あいさつができなくてもサッカーが一流になった人はいるでしょう?」

長沼さんはこう答えました。

「いや、今まで7千人以上のサッカー選手を育ててきたが、一流になった選手は必ずあいさつが上手だった。」

これを読むと、「あいさつさえすれば一流になるのか」と思う人もいるかもしれない。

気をつけてほしいのは、長沼さんは「あいさつ」が「上手」だった、と言っている点です。

この前、校舎の中庭に立っていると、ある部活のチームがみんなでランニングをしていて、私に大きな声であいさつしてくれたときはとてもうれしかった。だけど、彼らは校舎周りを走って、私のそばを通るとき、もう一度私にあいさつする。3周目もあいさつする。

さすがに、「あいさつは1回でいいの!」と思ってしまいました。

実は「あいさつが上手」というのは、なかなか難しいことです。

「この人と今日会うのは初めてだったかな?」という配慮も必要だし、精神的に自分が元気な時は、あいさつもできるけど、何か嫌なことがあったり、落ち込んだりしていても、明るくさわやかに挨拶をしなければいけません。

そんなことができる、つまり周囲への配慮、強い精神力がある人が競技に打ち込めば、かなりの選手になるのではないか。そう思いました。

2010年10月25日 (月)

019 勇者は凍てつく川に消えた

1982年1月13日午後、ワシントンは雪が降りしきっていた。 そのような悪天候の中でワシントン・ナショナル空港を飛び立ったフロリダ航空のボーイング機が上昇かなわず、凍てつくポトマック川に墜落してしまったのである。

そして、酷寒の救助作業の中で人々は見たのである。
二度も助かる機会がありながら、それを他人に譲って自分はついに水の中に消えてしまった、一人の中年男性の姿を。

墜落後、水面に浮かんだ尾部にしがみつくなどして6人の人が生存していた。
しかし、それぞれが腕や脚の骨を折っていたり、肺がつぶれていたり、かなりの傷を負っていた。その中に一人、他の人々より元気な中年の男性がいた。アーランド・ウィリアムズだった。

墜落現場は2つの端にはさまれて狭く、救助のヘリコプターも1機しかはいれなかった。ヘリコプターに用意された命綱は、最初1本だけだったのだ。まず、一人が引きあげられ、川岸まで運ばれた。ヘリコプターが2回目の救助にやってきた時、命綱はアーランドに向かって投げ下ろされた。

しかし、彼はそれを別の人に渡したのである。3回めの救助の際には命綱が2本用意された。この2本のうちの1本は、再びアーランドに向けて投げ下ろされた。それをつかんだアーランドは、またしても他人に渡してしまったのである。

もっともひどい傷を負っていた男性が自分の身体に巻きつけ、一人の女性をしがみつかせ、もう一人の女性が別の命綱につかまることができた。ところが、2人は女性は川岸にたどりつく前に再び冷たい川の中に落ちてしまった。

しかし、幸いにも救助隊員によって救助された。
そして最後に残った6人目の男、アーランドを救うべく、ヘリコプターは飛んだ。すでに墜落後30分になろうとしていた。
ヘリコプターの乗員は、彼をどうしても助けたかった。
しかしヘリコプターが現場に着いたときには、すでに男の姿はどこにも見当たらなかった。(『人間関係入門(ナカニシヤ出版)』初出は『リーダーズダイジェスト日本語版』vol37)

この話はもちろん実話である。この話は私にとっても印象に残っている。大学時代、教職課程の授業で大学の先生から教えてもらった話である。ある生活が荒れた少女にこの話を聞かせたら、その少女が涙を流して、「人間って信じれるんだ」と語った、とその先生は話してくれた。

2010年10月24日 (日)

018 テスト前日のおばかな私

まず、次のお話を読んでください。
 

ある農夫が、朝早く起きて畑を耕そうとした。ところが、トラクターの燃料が切れていたので近くまで買いに行ってきた。途中で、豚にえさをやっていないことを思い出して納屋にえさを取りに行った。すると、ジャガイモが発芽しているのを発見した。これはいけないと思い、ジャガイモの芽を取っているうちに、暖炉の薪(まき)がなくなっていることを思い出して薪小屋へ足を運んだ。

薪をもって母屋に向かっていると、ニワトリの様子が変である。どうも病気にかかったらしい。とりあえず応急処置をほどこして、薪を持って母屋にたどり着いたころには日がトップリと暮れていた。

農夫はヤレヤレ何とせわしい一日であったと思いながら、いちばん大切な畑を耕すことができなかったことに気がついたのは、床に入ってからであった。(『目からウロコが落ちる本』笠巻勝利著)

この話は、一日のうちで一番大切なことが全然できなかった農夫のおろかさが書かれたものだが、君は、この農夫をバカなやつだと笑うことができるか?

私は、自分の中学生時代のことを思い出すと、笑うことができない。
 
中間テストの試験勉強のときだってそうである。

テストが明日の月曜日で、本当にそろそろ勉強を始めなければならなくなったある日曜日のこと。

とうとう机についたのはいいが、さて勉強しようというときに、中間テストの各教科出題範囲が書かれたプリントがない。さんざん探した結果、「ない」ということがわかったので、友達に電話で聞く。

範囲の紙を探す時に、あまりの自分の部屋の汚さに驚き、そうじもする。別のプリントも探す。ここで、午前中いっぱい使った。

さあ、いよいよテスト勉強をはじめようか、と思ったら、今度は先生が「絶対ここから出す」といってくれたワークを学校に置きっぱなしなのを思い出した。しかたがないので、学校に取りに行く。宿直のおじさんに多大な迷惑をおかけして、入り口の鍵を開けてもらって教室に入る。

さて、家に帰った私は、ようやくこれで勉強できると思った。

すると、明日の国語と理科はテストが終わったらワークブックを提出しなければならないことを思い出した。ワークブックのページを開いてみると、真っ白である。まったくやってないのである。

いちおう答の冊子はもらっているので、答を丸写しにして、そのあとで、さも自分が解きましたというふうに、赤のペンで丸をつけていく。

けっこう時間はかかったが、非常にむなしい作業である。全く無意味で自分のためにちっともならないワークの丸写しが2時間かかってやっと終わった。

その時である、居間の方では弟たちがテレビを見ている。
 
「お魚くわえたドラ猫、お~おっかけて~」
 
とサザエさんの歌がかかる。私は、「勉強しなければ・・・、勉強しなければ・・・」と思いながらも、居間にのそのそ出て行くのだった・・・。

2010年10月23日 (土)

017 入試の時、解答用紙に落書きしたらどうなるか

入試の時、解答用紙に落書きしたらどうなると思う?

今から高校入試がどんなに厳密なものかということを分かりやすい例で書いてみたい。結論から言うと、入試の本番で、解答用紙につい、いつもの癖で落書きをしてしまったとする。その生徒はそれだけで不合格になる。

みんなはおそらく、その理由を、入試という大事なテストの解答用紙に落書きする態度が問題だと考えるであろう。そうではなくて、落書きした時点で自動的に不合格になるのだ。それはなぜだろうか。

ここに挙げているのは、私たちの県の公立高校入試問題の解答用紙を再現したもの。ちょっと見てほしい。
Nyuusi

氏名を書くところがない。あるのは受験番号だけ。もっと注目すべきは、この4つの○印。すぐに分かると思うが、これは穴をあける目印。ここで穴をあけて、受験生の答案を綴じるわけだ。

どうしてか?

この位置で受験生の答案用紙を綴じることによって、入試を採点する人間(その高校の先生)は、丸つけをする時に、その答案がいったいだれの問題なのかを知ることはできない。採点する側の人間が、ある受験生の答案だけを甘く採点してしまう不正を防止するためである。
 
だけど、もし受験者の答案用紙の中に、ドラえもんの落書きがある答案用紙が交じっていたらどうだろう?

その絵を描いた生徒は、ただの悪気のないおふざけでかいたのかもしれない。
だけど、「ドラえもん」の落書きが、その答案の受験生がだれなのかを教えるサインとして使われた可能性もある。
 
入試というものは、「疑わしきは罰するなのだ」
そんな厳密な入試の本番が、まもなく確実に来る。

016 何かから逃げて相撲をしても、絶対失敗する(ある相撲部員の話)

以前、012 大舞台になるほど私生活が結果に出るという記事を紹介した。

夏の高校野球で優勝した興南高校の主将の言葉だ。野球だけではなく、「朝起きてから寝るまで、何一つ手を抜かない」という言葉があった。

今日は『スポーツ心理学者が教える「働く意味」の見つけ方』(杉浦健著)という本の中で取り上げられていた、ある相撲部員の語った言葉を読んでほしい。

中学校で勉強、相撲、両方できなくなったときですね。テスト勉強があるから休みますだとか、表ではそういうこと言って、勉強なんか絶対しなかったんですよ。

ラッキーと思って。寝てばっかりで。そしたらですね、やっぱ勉強もできなくなって、相撲も弱くなっていって、もう何もできなくなっていったんですよ。

それが高校になってから、先生がテスト前だろうが休ませてくれなかったんですよね。で、まあ練習して帰ってきて、くたくたになりながら勉強して思ったんですけど、なんか充実感でいっぱいだったんですよ。疲れながらも。

ああ、俺頑張ってんだなあって。自己満足なんですけど、それがすごくいい意味で自己満足になって、むしろそっちの方がすごい吸収がよかったんですよね。

だから二兎を追うものは一兎も得ずじゃなくてですね、やっぱ文武両道なんだなと。それが一番大事なんだなと。だから、何かをするから何かを犠牲にするとかじゃなくて、たとえ結果として出なくても、やるべきことは全部やらなきゃいけないなと。逃げちゃいけないなと。何かから逃げて相撲をしたとしても、相撲でも、その何かでも絶対失敗するなと。

だから僕は、今もそうですけど相撲も一生懸命やって、勉強も、まあ自分なりには一生懸命やってますけど。そのときが一番ですね。(『スポーツ心理学者が教える「働く意味」の見つけ方』杉浦健 近代セールス社 p.184-185)


2010年10月22日 (金)

015 勇気の一瞬―線路に散った韓国人留学生がくれた感動

心が折れそうになったとき、勇気が出せないとき、君たちは自分自身を力づけるために、何か思い出すお話があるだろうか。

私は勇気が出せないとき、おっくうな気持ちになって何かあっても「見て見ぬふり」をしたくなったとき、次のお話を思い出して、自分を勇気づけて行動に移すことが多い。『勇気の一瞬―線路に散った韓国人留学生がくれた感動』(夫 址栄原著 小学館文庫編集部著 小学館)にあった次の一節を読んでほしい。

一瞬の出来事だった。一人の酔った男性がフラフラとプラットホームの端に近づくと、スーッと姿が見えなくなった。続いて二人の男性がホームから姿を消した。酔った男性が線路に転落したのを目撃した二人が、その男性を救おうと、何のためらいも見せずに、約一・三メートル下の線路に飛び降りたのだ。

だが、そのときすでにホームには電車が滑り込みはじめていた。電車が急ブレーキをかける音と、誰かの「危ない!」という声、女性の悲鳴が交錯した。

三人の姿は電車に吸い込まれていくように見えた。改札口から階段を上がってすぐのところだった。そして誰が着ていたのか、ダウンジャケットの白い羽毛が舞い散った。

JR山手線の新大久保駅で事故が起きたのは、二〇〇一年一月二六日のことだった。午後七時一五分ごろ、ホームには冷たい北風が吹いていたが、帰宅を急ぐ約二〇〇人の乗客でごった返していた。

駅員からの一一九番通報で、救急隊が現場に急行したが、最初に転落した男性の身元は、仲間が現場にいたことから、左官業の男性、N・Sさん(三七歳)であることがすぐ判明した。彼は後方の車両の真下で両脚大腿部を切断された上、脳挫傷ですでに絶命していた。

一方、助けに飛び込んだ二人も、救急隊員たちの手でホームに引き上げられたものの、全身打撲と顔面打撲により、すでに死亡していることが確認された。

二人のうちの一人は、神奈川県横浜市の住所が記載されている運転免許証を所持していた。カメラマン・関根史郎さん(四七歳)のものだった。だが、もう一人は身元を示すものを何も持っていなかった。新宿署では身元不明の犠牲者の確認を急いだ。

翌二七日になって確認された事実は、意外なものだった。身元不明の犠牲者は、台東区に住む韓国からの留学生・李秀賢(イ・スヒヨン)さん(二六歳)で、三人はまったく面識がなかったことが明らかになったのだ。偶然、新大久保駅に居合わせた関根さんと秀賢さんは、見知らぬ日本人男性を救うために線路に飛び降り、その尊い命を線路に散らしたのである。(『勇気の一瞬―線路に散った韓国人留学生がくれた感動』「プロローグ」夫 址栄原著 小学館文庫編集部著 小学館) 

014 教室でいつまでもグズグズしている生徒は落ちる?

『ドラゴン桜』という人気漫画があった。東大進学を目指す受験生の物語で、受験勉強などのノウハウなどもたくさんあって読むのも楽しい。

この『ドラゴン桜』の中に、次のような話があった。

長年予備校の講師をしている先生が、生徒を観察していてあることに気がついたという。

予備校での授業が終わって、すぐに片付けて家に帰る生徒は合格率が高い。それに対し、授業が終わったのにいつまでも教室で友達と話したりしている生徒は落ちるというのである。

『継続はだれも裏切らない』(内藤誼人著)の中に次のように書いてあった。

ロック・ギタリストの神さまと呼ばれるエリック・クラプトンは、まだセミプロだった頃、演奏終了後に仲間から飲みに誘われた。  しかしクラプトンは、「飲みたいのはやまやまだけど、一流のギタリストになるために、今僕がやらなければならないのは、酒を飲むことではなく、ギターの練習をすることなんだ」と言って断ったという。

私たちは、ともすると自分の目標を見失ってしまう。 だからこそ、自分の目標をたえず意識するようにしなければならない。

プロのギタリストになりたかったクラプトンは、それを忘れなかった。バンド仲間とお酒を飲むのも悪いことではない。親交を深めるのは、けっこうなことだ。しかし、彼にとって一番大切なのは、やはりギターの練習をすることだったのだ。(『継続はだれも裏切らない』内藤誼人 PHP出版 p.20)

2010年10月21日 (木)

013 「差」は授業中についている

昨日、興南高校の野球部主将の言葉「大舞台になるほど私生活が結果に出る」という言葉を紹介した。今日は、その言葉に通じるような内容のお話だ。『強育論』(宮本哲也)という本からの引用である。

「やらなくてもできるお子さんはいいでしょうけど、うちみたいな……」

頭を使わなくても、どんどん頭がよくなっていく子どもというのは存在しません。できる子は非常によく頭を使っています。つまり、努力をしているのです。でも、本人は自分が努力をしているとは思っていません。                           

逆に、できない子は頭を使っていません。つまり、努力をしていないのです。これは勉強時間の問題ではなく、集中力の問題です。

一般的にできない子ほど、勉強時間が長く、「自分は努力をしている」と親も本人も錯覚している場合が多いのです。嫌なことを我慢してやることが「努力」だと誤解しているからでしょう。それでは、長続きするはずがありません。好きなことを精いっぱいやるという努力が正しい努力なのです。

私は駆け出しの頃、学力差は家庭学習によって生じると思っていました。

「同じ授業をやって、同じテキストを配っているのだから、授業の中では差がつくはずがない、家庭学習で差がついているのだ」そう思っていました。でも、すぐにそれが大間違いであることに気づきました。授業中にものすごく大きな差がついているのです。

そこから得たひとつの結論。

「授業中に頭を使わない子に家庭で何をやらせても無駄である」

教室と家庭の環境を比べてみればわかります。
 教室と家庭のうち、緊張感が高いのほどっちでしょう?
 もちろん、教室です。
 教室と家庭のうち、集中力が高まるのはどっちでしょう?
 もちろん、教室です。
 
教室で頭を使わない子が家で頭を使うはずがありません。学力差は授業中に生まれます。やらなくてもできる子などいるはずがありません。(『強育論』宮本哲也 ディスカバー p73-74)

2010年10月20日 (水)

012 大舞台になるほど私生活が結果に出る

今年の夏の甲子園大会の決勝の翌日、読売新聞の「顔」欄には優勝した興南高校の我如屋キャプテンが取り上げられていた。

昨夏の新チーム結成時、選手間の投票で圧倒的な支持を得て主将に推された。チームメイトが「模範になる選手」と口をそろえる努力家。我喜屋優監督も「厳しいことも率先でき、頼りになる存在」という。

選抜優勝の後、うぬぼれもあったのか、服装の乱れなどを理由に主力選手がそろって練習を禁止された。主将自身は多くを語らず草むしりに黙々と取り組んだ。「チームメイトのことを最も考えているアイツに、あんな思いをさせていいのか」との声があがり、チームは結束していった。

朝起きてから寝るまで、何一つ手を抜かない。「大舞台になるほど、私生活が結果に出る」と思うからだ。2010年8月22日『読売新聞』「顔」


「大舞台になるほど、私生活が結果に出る」。生徒が理解するのは難しいかもしれないが、私はこの年まで生きてきて、「本当にそうだなあ」と思う。「なぜか?」と聞かれたら、理屈で説明するのは難しい。そういうもんなんだ、というしかない。

2010年10月19日 (火)

011 「昨日の自分」と比較する

私は、陸上競技をやっていたころ、「ライバルに勝ちたい」ということをすごく意識していた。でも、そうするとかえってライバルに勝つことができなかった。その理由がよくわかった。

森本貴義著『一流の思考法―WBCトレーナーが教える「自分力」の磨き方』という本を読んだ。「結果」を気にする人は、かえって「結果」を出せない、というのだ。

人に好かれたい、人に評価されたいと思ったことは、誰しもあるでしょう。

自分が成し遂げた結果を皆が褒め、その苦しさを共感してくれたらどんなにうれしいことか。しかし、人から褒められること、評価されることを望む人には、良い結果が生まれづらいのもまた事実です。

(中略)

私は、「人の評価を気にする人」は、こんなサイクルを繰り返しているように思います。

人の評価を期待する。
 ↓
そのために、「結果」ばかりを追い求める。
 ↓
「結果」を早々に追い求めるあまり、それを生み出すプロセスを構築しない。
 ↓
そのため、「結果」に波がある。
 ↓
そして、波がある「結果」と「人の評価」に、また一喜一憂してしまう。

(中略)

さらに、人の評価を気にする人の特徴がもうひとつあります。それは、「人と自分を比べ、自分に足りないところを洗い出すことに躍起になる」という点です。

自分よりも良い結果を出した他人は、自分よりも優れているはずだ。であれば、自分が劣っているところを早く補わねば……そんな減点法で自身を捉えます。

自ら反省する姿勢は評価できます。しかし、人に比べて自分が劣っている点はいくつもあるのです。人と自分を比べることは、劣等感を感じる機会を増やし、私は人より劣っている」と自信を喪失させていきます。なんともったいないことでしょうか。

実は、「結果を出す人」は他人と自分を比較しません。では、何と比較しているのでしょう?

その比較対象は、「昨日の自分」にあります。つまり、「昨日の自分」と「今日の自分」を比較しているのです。

「理想のバッティングフォームを実現したい」という目標があった場合、昨日よりも今日のバッティングフォームが理想に近づいていればそれでよい、と考えます。

結果が出なかったら、その原因を抽出し、プロセスを改善する。その結果、昨日の自分よりも今日の自分を成長させる。

このスパイラルを回せる「プロセス主義者」こそが、成功する人だと私は考えます。(『一流の思考法―WBCトレーナーが教える「自分力」の磨き方』森本貴義 ソフトバンク新書)

2010年10月18日 (月)

010 中三のときに小学校の勉強から始めた鶴太郎さん

君たちは片岡鶴太郎さんを知っているだろう。タレントというか、俳優というか、芸術家というか、本当に幅広い活動をしている人だが、今日はこの人の話をしよう。

この人の歩いてきた人生について、あるテレビ番組が取り上げていた。私がその番組を見たのでなく、私の女房が見たのを聞いて、今から紹介するので、正確でない部分もあるかもしれない。

中学3年生になって、これから自分の進路選択を迫られていた鶴太郎さんの話である。

どうも鶴太郎さんは勉強が嫌いだったらしい。したがって、成績も本人の言葉によると、後ろから数えたほうがずっと早かったくらいだったらしい。

そういう鶴太郎さんだったが、夏休みを控えたある日、担任の先生に職員室に呼び出され、お前、中学校を卒業したらどうするつもりなのか?と質問された。

鶴太郎さんはこう答えた。

都立だったらどこでもいいです。(東京都の話なんだね)

これを聞いた担任の先生は椅子から転げ落ちたということだ。
お前のような成績で都立なんて・・・・。

その後担任の先生から、今のままではとてもとても目指す高校は無理だということを聞かされた鶴太郎さんであるが、その後がえらい。

夏休みになった鶴太郎さんは、勉強に励もうとするが、教科書を見たって何が書いてあるのか、さっぱり分からない。

そこで、「自分は基本からわかっていない」と判断した鶴太郎さんは、本屋に行って、なんと、小学生の使う問題集を買ってきた。そして小学校の復習からスタートさせたのだ。

そして2学期のテスト。一躍、学年のトップクラスに踊り出たそうである。そして、都立高校に見事合格した。

この話は、テレビで紹介されるときに多少オーバーな表現が入っているだろう。そして、「いくらなんでも、そんなにうまくいくかあ」とも思える。

でも、あきらめずに「打つ手」を考え、行動を起こしたところがすばらしいなあと思うのである。

2010年10月17日 (日)

009 サルと知恵の輪

サルの生態を研究する研究者がいた。その研究者に飼われていたサルの中に非常に賢いサルがいた。

そのサルは、おもちゃ箱から「知恵の輪」を探し出し、嬉々として知恵の輪で遊んでいた。

毎日サルは知恵の輪で遊んでいた。

飼い主の研究者は、ちょっと思いついたことがあって、サルが知恵の輪で遊ぶたびに、ごほうびとしておやつを与えてみた。すると、サルはますます一生懸命に知恵の輪で遊びだした。

何日かたって、研究者は、今度はご褒美のおやつを与えるのをやめてみた。

するとどうなったと思う?

サルは知恵の輪に見向きもしなくなったのだ。知恵の輪に何の興味も示さない。「おやつをもらえないのなら、知恵の輪なんかしない!」となったのである。

この話は僕たちにとても大切なことを教えてくれている。

ご褒美をあげる以前のサルはごほうびのおやつなんかなくても、ただ知恵の輪で遊ぶのが楽しいから、知恵の輪で遊んでいた。

ところが、人間がごほうびを与えだしてからは、サルにとって、知恵の輪で遊ぶ理由が「楽しいから」から「おやつがもらえるから」にすりかわってしまったのだ。

この話を知って思ったのは、私にも息子と娘がいるが、「テストで○○番になったら○○を買ってあげる」という約束をするのは絶対にやめようと思った。君たちも「今度のテストで良い点(順位)を取ったら○○を買って」とねだってはいけない。

2010年10月16日 (土)

008 ゆでガエル

まず、ビーカーの水をアルコールランプで熱して沸騰させる。そのビーカーの熱湯の中にカエルを一匹投げ込む。すると、カエルは熱湯の熱さに驚いて、そのビーカーの中から飛び出す。

次に、今度は冷たい水が入ったビーカーを用意する。その中にカエルを入れる。当然のことながら、前のときと違って水であるから、カエルはビーカーの中で泳いでいる。

そのビーカーをアルコールランプでじわじわと熱してみる。
すると、そのカエルはだんだん熱くなっていくそのビーカーの中でやがて死んでしまうそうだ。この話は作り話だろうが、妙に納得させられる話である。

このことは、私たちの生活にも当てはまることである。

ここで、中学生の段階でもうタバコがやめられなくなったA君のことを考えてみよう。

A君は最初はタバコはとても恐ろしいと思っていた。学校でもタバコの害のビデオを見せられたし、そのときの、肺がんで死んだ人の真っ黒な肺の写真を見て、ショックを受けたこともある。

ところが、そのA君にも転機が訪れた。2年生のある日、友達や先輩たちと遊んでいるときのことである。先輩の一人がポケットからタバコを取り出して吸い始めた。そして、「お前らも吸うか?」とA君たちの前に差し出す。

A君はためらっていたが、A君の友達が手を伸ばして、そのタバコをもらったのにびっくりした。A君は自分だけ吸わないことに心細さを感じ、強がって、とうとう一本もらって、火をつけてしまった。

最初のタバコは実にまずかった。むせた。もう2度とすいたくないと思った。こんなものを吸っている大人は馬鹿だと思った。そして、家に帰るのが少々不安になった。ばれやしないか。においで母親にばれないだろうか。A君は友達と別れる時、「オレ、くさくない?」と尋ねたし、それでも心配で、わざわざ缶コーヒーを自動販売機で買って飲んで口のにおいを消そうとした。

心配は無用だった。家族の中で今日のタバコのことに気がついた者はなかった。

A君は、またその先輩たちと遊ぶたびにタバコをもらうようになった。なんかしら、全然うまくないと思っていたタバコがすこしずつ抵抗感がなくなっていく。先輩が「食後のいっぷくがええんじゃ」というと、少しずつそういう気になっていくのが不思議だった。何本も吸って、そのまま帰っても、家でばれることはなかった。

A君は、普段の生活でも、先輩たちがいなくても、「タバコがほしい」と思うようになってきた。そして、ある日、初めてタバコの自動販売機で自分のタバコを買ってしまった。

吸うのは夜の両親が寝てからのことであったが、そのうち、学校にもタバコを持っていくようになってきた。そして・・・・。

さて、今、君たちの前にシンナーを出して吸えといっても吸う人はいない。さっきの実験の話でいうと、熱湯の中から飛び出したカエルである。

しかし、服装などの学校のきまりを軽視するようになり、学校でアメ、ガムを食べるようになる。すると確実にタバコに近づいている。そのうち、親の言うことは聞かなくなる、服装は乱れ、いろいろと口実をつけて外泊するようになる。そうなるとシンナーに対するハードルが低くなっている。さっきの実験では、徐々に熱されて死んでしまうカエルである。もしかしたら、出されたシンナーを・・・。

2010年10月15日 (金)

007 1009回断られても

『情熱思考』という本を書いた是久昌信という人は、自分が作った会社が「あと少しで株式上場」というところまできたのに、あるプロジェクトの失敗から、すべてを失います。お金はもちろん、仲間も信用も失ってしまいます。

失意のどん底にあった是久さんを支えたのが、カーネル・サンダースの波瀾万丈の生き方でした。

彼(カーネル・サンダース)は、30代半ばで始めたガソリンスタンドの経営に失敗。新しく始めたレストランの経営がやっと軌道にのったころ、一緒に働いていた息子を亡くし、さらにレストランが火事に。

その後、独自のスパイスと調理法でつくる料理を考え出し、経営を立て直すが、お店の近くに建設されたハイウェイで、車の流れが激減。ついに彼はレストランを手放すことになる。

彼の手元に残ったのは1台の車だけ。

ただ、そんなどん底の中でも、自分が開発したスパイスと調理法を教えるフランチャイズ・ビジネスの原型となる事業を思いつく。

そのとき、彼の年齢は65歳。

車で生活しながら全米をまわり、売り込みを続ける。その結果、最初に契約をもらったのは、1010人目だった。

彼の作ったフランチャイズ・ビジネス 「ケンタッキー・フライドチキン」 は、現在、世界80カ国に1万店舗以上展開している。

その人の名は、カーネル・サンダース。

不屈の精神、燃える情熱は大成功を収めた。

彼は私に、「夢をかなえるのに定年はない」「あきらめなければ、夢はかなう」ということを教えてくれました。(『情熱思考-夢をかなえた45人の物語』是久昌信 中経出版 「はじめに」)

2010年10月14日 (木)

006 屈辱を忘れるために始めたジョギングが日本最強のランナーを育てた。

中山竹通というマラソンランナーのことは、君たちは知らないだろう。お家の人はご存じだと思う。かつての日本最強のランナーで、ソウルオリンピックとバルセロナオリンピックの2大会で連続4位という実績を残した。石川牧子さんというアナウンサーが、中山選手のお母さんに聞いた話として、本に書いているので読んでほしい。

「あの子は、高校卒業の時に、クラスでただ一人、就職先がなくてね……」

中山選手はクラスの中で就職組でした。クラスメートは全員行く先が決まったというのに、なぜか中山選手だけは就職先が決まらなかったのです。高校三年生の、まさに青春真っ只中、めいっぱいの孤独感、不安感、屈辱感を味わったのでした。

どう頑張っても職に就くことができなかった時、かつて国鉄に勤めていたおじさんのコネで、ようやく近くの信濃大町駅のアルバイトを得ました。アルバイトは数十メートルばかりのホームとトイレの掃除です。トイレというと何やら近代的な雰囲気がするのですが、実際はホームの傍らにある「便所」の掃除が中山選手に与えられた仕事だったそうです。

しばらく経つと、クラスメートが、ある者はサラリーマン一年生としてパリッとした背広を着、ある者は大学生としてその駅を利用するようになりました。さんざん苦労した末に手に入れたバイト先で、よりによって華やかに人生のスタートを切った同級生と顔を合わせるとは……。どんなに恥ずかしかったことか、どんなに辛かったことか。

中山選手は、屈辱感から夜も眠れなくなってしまいます。

中山選手は再び考えました。「眠れるようにするには、どうしたらいいのだろうか?」「そうだ、神経がピリピリして眠れないのだから、体を疲れさせればいいのだ!」と。そこでたどり着いた結論が、夜のジョギングだったのです。その日から、とにかく頭の中が真っ白になるまで、何も考え事をしなくて済むように極限までジョギングをしたのです。

そんなある日、中山選手はジョギングの最中に、「社員募集」の広告を目にし、たまたま応募したところ一回で合格したのです。それが富士通長野工場でした。働きながら陸上部に籍を置き、トレーニングに励む日々が始まったのです。

その後、ダイエーに引き抜かれて、本格的なマラソンランナーとしてのトレーニングが始まりました。それまで走っていたトラックでのスピードが活きて、持久力だけで走る日本のマラソン界に新風を吹き込んだのです。本来、楽しいはずの青春期に、職に就くことができなかった悔しさの中で、中山選手は「どうしたらいいか」と懸命に自分に問い続けたことが、日本を代表するマラソン選手誕生へとつながっていったのでした。(『あなたの言葉はなぜ相手を動かすことができないのか』石川牧子著 ワニブックスPLUS新書)

2010年10月13日 (水)

005 「自分との約束」を守る メジャーリーグ田口壮選手の話

昨日、「終わりの会」で、「毎日、机につき、カバンの中のものを全部出して本棚に入れ、明日の日課を見ながら本棚から教科書をカバンに入れる」だけで、成績が伸びるという話をした。なぜか?そのことについて、参考になる文章を見つけた。田口壮というプロ野球選手が書いた『脇役力』という本の中にあった。

ところで、君たちは田口壮というプロ野球選手を知っているだろうか?おそらく野球が好きな人でないと知らないと思う。体は野球選手としてはそんなに大きくはないが、アメリカメジャーリーグで2002年から2009年まで活躍した選手である。今年から日本のオリックスでプレーしている。

思い出したといえば、中高生時代の素振りのこと。このころになると、バッティングのおもしろさや重要性にも気づきはじめていて、素振りを日課にしようと決めていたんですね。

当時のぼくの家は五階建ての社宅で、一階に駐車場がある構造でした。その駐車場部分なら、バットを振ってもご近所の迷惑にならないし、屋根がありましたから雨の日でもOK。蛍光灯がついていたので夜でも練習できましたし、掲示板を囲っていたガラスに映る自分を見てスイングチェックもできる完壁な練習場所だったのです。

でも、気分が乗らない日ってあるもの。そんなときでもぼくは、「とりあえず一階のその場所までは絶対に行こう。一本でもいいから振ろう」という自分との約束は守りつづけました。駐車場に行くまではやる気がなかったのに、一本振ることで調子が出てきたのか、何百本も振ってしまったり、一本だけ振って「よし、完璧」と帰ることもありました。

とにかく駐車場のその場所まで降りて、絶対に最低一本は振るという日課を立てたのは、いまふりかえってもよかったような気がします。(『脇役力(ワキヂカラ)生き残るための環境づくり』田口壮 PHP新書)


2010年10月12日 (火)

004 マシュマロテスト

「マシュマロテスト」って聞くと、何やら「あっ、そんなテストなら俺も受けたい!」って思ってしまうけど、これは1960年代にアメリカで行われた心理学の実験だ。

アメリカの大学の学者が、4歳の子どもたちを集めて実施した実験なのである。

4歳の子供たち一人一人にマシュマロを1個ずつ手渡す。そして、次のように言う。

「今から先生はちょっと外に行ってきます。先生がここに帰ってくるまでに、マシュマロを食べるのをがまんできた人には、マシュマロをもう1個あげますからね。」

そう言って先生は部屋を出る。

15分後、先生が帰ってくると、子供たちの中にはマシュマロを食べるのを我慢できた子と、がまんできずに食べてしまった子に分かれていた。

それから15年後、この実験でマシュマロを食べるのをがまんできた子とがまんできなかった子がどういうふうに育っていったかを追跡調査した。

すると、「マシュマロをがまんして、あとで先生からもう1個もらった子ども」たちの方が、それぞれの職場で活躍していたり、難関大学に合格したりしていることが判明した。

もし4歳の私がこのテストを受けていたら、間違いなく我慢できなかった子どもの中に入るだろう。それより、お友だちのマシュマロを横取りしてしまうなどの問題も引き起こしているかもしれない。

それはさておき、このマシュマロテストは、「将来のために今を我慢する力」が大切なことを教えてくれる。つまり、僕や君もこれからでも身につけたい力なのである。

2010年10月11日 (月)

003 「ほんの小さなこと」から始めよう

セラピストの石井裕之さんが、引きこもりになってしまった30代の男性と社会復帰を目指したときのお話。

ボクは、彼に何ならできるのかを考えてもらいました。

「部屋を毎日掃除します」

「それ、本当にできるんですか? ボクのところは、約束を守ってくれないクライアントはすぐにクビにするよ」

「え、そうなんですか? それじゃあ、週に一度だけ家事の手伝いをします」

「絶対に約束できますか? たとえ四〇度の熱が出ても約束したことはちゃんとやらなきやいけないんだよ」

「え、そうなんですか? そんなこと言われたら、何もできないですよ……」

「できないことを聞いてるんじゃないんだよ。できることを開いてるの」

しばらくやり取りがあって、最終的には―、

「それじゃあ、トイレから出るときに、必ずスリッパを揃えます」

冗談ではありません。彼もボクも真剣そのものでした。もう三〇をとうに過ぎたこの男性との最初の約束は、トイレのスリッパを揃える―このひとつだけだったのです。(『ダメな自分を救う本』石井裕之著 祥伝社 p34)

このやりとりの後、男性の両親からは、うちの息子を馬鹿にしているのか、というクレームもきますが、この男性は、トイレのスリッパをそろえることを1週間続けました。そして・・・

一週間後、再びセラピーに来た彼が、ボクに何と言ったと思いますか?

「スリッパではもう物足りないです。新しい課題を決めましょう!」

そんなことを繰り返して、あっという間に半年が経ちました。

結果を知りたいですか?

彼はなんと営業の仕事をはじめました。周りは、急に無理をするなと止めましたが、驚いたことに彼は売って売って売りまくつたのです。しかも、その仕事の関係で知り合った女性と愛を育み、そして婚約したのです。

劇的な変化に思えます。ですが、彼にとっては、ただ小さなできることをやってきただけです。

スリッパを揃えること―つまり、できることからスタートしなかったなら、彼は「できないこと」ばかりを考え、今でも暗い気持ちで引きこもっていたことでしょう。(同書 p36)

002 毎日30分だけ机に向かった桑田真澄さん

桑田真澄氏が書いた『心の野球』の中に次の一節がある。

皆さんのなかには、僕はがむしゃらに努力していたような印象があるかもしれない。でも、真実は違う。

PL学園時代、朝も夜も練習に時間をとられる。どう考えても自分が満足できるような勉強時間は捻出できなかった。それでも勉強を頑張り、よい成績を取ることができた。

どうしていたのか、といえば、毎日30分間だけ机に向かったのだ。それから、授業の間の休憩時間の10分間は宿題や復習の時間にあてた。たったそれだけを黙々と実行し続けたのだ。

プロ野球選手となったあとも、無茶な努力はしなかった。怪我をしてしまったら、元も子もないからだ。巷でよくいわれるような1000本ノックを受けたり、1000回素振りをしたり、300球を3日連続投げるとか、そんな無茶な練習は決してしなかった。その代わり23年間、毎日毎日、1日10分とか15分、小さな努力を続けてきたのだ。(『心の野球』桑田真澄著 幻冬舎 p5-6)

そういえば、原田隆史(原田教育研究所所長)氏も、どこかで次のようなことを書いていた。

「心を強くする」ということは、「できないことに挑戦する」ということではありません。「できることを継続してやる」ということです。

そうだよなあ。

001 ゴキブリは自分のことをダメなやつとは思わない

石井裕之氏は自分を成長させるためには、「できること」を継続させることの大切さを説いている。その部分は明日の記事で紹介する。今日は以下の文章が心に残るので、学級通信などで紹介したい。

「私はダメな人間だ……」と友だちに相談したら、たいていは「そんなことないよ。ダメじゃないよ。アナタは立派だよ」と励ましてもらえるでしょう。

でも、ボクはそうしません。

自分のことをダメだと思えたキミの気持ちを、むしろ祝福したい。

なぜかというと、ダメだと思えた時点で、「本当はダメじゃない」ってことを証明したことになるからです。

考えてみてください。ゴキブリは自分のことをダメだと思っているでしょうか?

「こんなジメジメした暗いところでコソコソと生きて、みんなから嫌われて、オレって何てダメなんだろう」なんて考えるでしょうか?

いいえ、そんなことは考えもしないはずです。考えていたなら、みんなに好かれる爽やかなゴキブリが一匹くらい出てきてもよさそうなものです。

なぜゴキブリは自分のことをダメだと思わないのでしょう?

それは、暗くコソコソと生きるのが、ゴキブリにとっての本性ー「本来の自分」だからです。

それでは、キミが自分のことをダメだと思ってしまうのはなぜでしょう?

それは、「今の自分は本来の自分じゃない。私は今の私を超えることができるはずだ」ということを、他ならぬキミの潜在意識が知っているからなのです。

確かにキミはダメかもしれない。そう考えることは苦しい。

でも、ダメな自分を軽蔑するその苦しみこそが、キミを真珠に変えてくれる。ゴミはやがて自らを超えて、真珠となって星のごとく輝くのです。(中略)

自分のことをダメなヤツだと思えたときこそ、心の底から自分を軽蔑できたときにこそ、自分を超えることができる。『ダメな自分を救う本』(石井裕之著 祥伝社 p19-21)

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