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2010年10月21日 (木)

013 「差」は授業中についている

昨日、興南高校の野球部主将の言葉「大舞台になるほど私生活が結果に出る」という言葉を紹介した。今日は、その言葉に通じるような内容のお話だ。『強育論』(宮本哲也)という本からの引用である。

「やらなくてもできるお子さんはいいでしょうけど、うちみたいな……」

頭を使わなくても、どんどん頭がよくなっていく子どもというのは存在しません。できる子は非常によく頭を使っています。つまり、努力をしているのです。でも、本人は自分が努力をしているとは思っていません。                           

逆に、できない子は頭を使っていません。つまり、努力をしていないのです。これは勉強時間の問題ではなく、集中力の問題です。

一般的にできない子ほど、勉強時間が長く、「自分は努力をしている」と親も本人も錯覚している場合が多いのです。嫌なことを我慢してやることが「努力」だと誤解しているからでしょう。それでは、長続きするはずがありません。好きなことを精いっぱいやるという努力が正しい努力なのです。

私は駆け出しの頃、学力差は家庭学習によって生じると思っていました。

「同じ授業をやって、同じテキストを配っているのだから、授業の中では差がつくはずがない、家庭学習で差がついているのだ」そう思っていました。でも、すぐにそれが大間違いであることに気づきました。授業中にものすごく大きな差がついているのです。

そこから得たひとつの結論。

「授業中に頭を使わない子に家庭で何をやらせても無駄である」

教室と家庭の環境を比べてみればわかります。
 教室と家庭のうち、緊張感が高いのほどっちでしょう?
 もちろん、教室です。
 教室と家庭のうち、集中力が高まるのはどっちでしょう?
 もちろん、教室です。
 
教室で頭を使わない子が家で頭を使うはずがありません。学力差は授業中に生まれます。やらなくてもできる子などいるはずがありません。(『強育論』宮本哲也 ディスカバー p73-74)

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