« 005 「自分との約束」を守る メジャーリーグ田口壮選手の話 | トップページ | 007 1009回断られても »

2010年10月14日 (木)

006 屈辱を忘れるために始めたジョギングが日本最強のランナーを育てた。

中山竹通というマラソンランナーのことは、君たちは知らないだろう。お家の人はご存じだと思う。かつての日本最強のランナーで、ソウルオリンピックとバルセロナオリンピックの2大会で連続4位という実績を残した。石川牧子さんというアナウンサーが、中山選手のお母さんに聞いた話として、本に書いているので読んでほしい。

「あの子は、高校卒業の時に、クラスでただ一人、就職先がなくてね……」

中山選手はクラスの中で就職組でした。クラスメートは全員行く先が決まったというのに、なぜか中山選手だけは就職先が決まらなかったのです。高校三年生の、まさに青春真っ只中、めいっぱいの孤独感、不安感、屈辱感を味わったのでした。

どう頑張っても職に就くことができなかった時、かつて国鉄に勤めていたおじさんのコネで、ようやく近くの信濃大町駅のアルバイトを得ました。アルバイトは数十メートルばかりのホームとトイレの掃除です。トイレというと何やら近代的な雰囲気がするのですが、実際はホームの傍らにある「便所」の掃除が中山選手に与えられた仕事だったそうです。

しばらく経つと、クラスメートが、ある者はサラリーマン一年生としてパリッとした背広を着、ある者は大学生としてその駅を利用するようになりました。さんざん苦労した末に手に入れたバイト先で、よりによって華やかに人生のスタートを切った同級生と顔を合わせるとは……。どんなに恥ずかしかったことか、どんなに辛かったことか。

中山選手は、屈辱感から夜も眠れなくなってしまいます。

中山選手は再び考えました。「眠れるようにするには、どうしたらいいのだろうか?」「そうだ、神経がピリピリして眠れないのだから、体を疲れさせればいいのだ!」と。そこでたどり着いた結論が、夜のジョギングだったのです。その日から、とにかく頭の中が真っ白になるまで、何も考え事をしなくて済むように極限までジョギングをしたのです。

そんなある日、中山選手はジョギングの最中に、「社員募集」の広告を目にし、たまたま応募したところ一回で合格したのです。それが富士通長野工場でした。働きながら陸上部に籍を置き、トレーニングに励む日々が始まったのです。

その後、ダイエーに引き抜かれて、本格的なマラソンランナーとしてのトレーニングが始まりました。それまで走っていたトラックでのスピードが活きて、持久力だけで走る日本のマラソン界に新風を吹き込んだのです。本来、楽しいはずの青春期に、職に就くことができなかった悔しさの中で、中山選手は「どうしたらいいか」と懸命に自分に問い続けたことが、日本を代表するマラソン選手誕生へとつながっていったのでした。(『あなたの言葉はなぜ相手を動かすことができないのか』石川牧子著 ワニブックスPLUS新書)

« 005 「自分との約束」を守る メジャーリーグ田口壮選手の話 | トップページ | 007 1009回断られても »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1419883/37224516

この記事へのトラックバック一覧です: 006 屈辱を忘れるために始めたジョギングが日本最強のランナーを育てた。:

« 005 「自分との約束」を守る メジャーリーグ田口壮選手の話 | トップページ | 007 1009回断られても »

無料ブログはココログ